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掠める片鱗
「お前をここまで追い込んだのは誰だ……」
真っ直ぐに視線を注ぎ、胸が締め付けられるくらいに切なげな表情を浮かべながら、物言わぬ青年の傍らで佇む。
顔の殆どを、真っ白な包帯や被覆材で覆われているが故に、怪我の状態をより詳しく知ることは難しい。
ここまでしなければいけないくらいなのだから、相当に手痛い仕打ちを加えられたことは火を見るより明らかであり、完治にはどれくらいの時間を要するだろうかと思案する。
こうしている間にも、鳴瀬を窮地へと追い込んだ挙げ句、一縷の望みすらも打ち砕くような容赦のない責苦を強いた者共が、何処かで暢気に暮らしている。
お前のチームの奴等は何をやってる。
お前に何があったかを、ちゃんと分かってるのか……。
これまで群れとしての付き合いは無かっただけに、鳴瀬のチームが今どのような動きを見せているかは不明であり、何も掴めないでいる現状に歯痒さばかりが募っていく。
一つの可能性として、このような事態も容易に予想出来ていたはずだというのに、自分は今まで一体何をしてきたのだろう。
何も出来ず、真相の一端すら掠めとれないまま、完膚なきまでに痛め付けられたかけがえのない友人を前にして、呆然と立ち尽くしているだけの傀儡 と化している。
やりきれず、行き場のない想いばかりが出口を求めて渦を巻き、無力な自分が心底嫌になる。
それと同時に、なんとしてでも鳴瀬を追い込んだ者へ辿り着かなければという、強い決心が芽生えてくる。
「後のことは……、俺が引き受ける」
備えられていた丸椅子へと腰掛け、真っ白な布団の中に手を滑り込ませると、包帯を巻かれている鳴瀬の左手に触れる。
今は呼応せず、ぴくりとも動いてくれる気配はないが、生きているというこれ以上にない温もりを感じていられるだけで十分であり、何も考えず身体を休めることだけに専念してほしいと切に願う。
両手を重ね、鳴瀬へと真摯な眼差しを向けながら、強く結ばれた決意と共に言葉を紡ぎ出す。
痛ましい姿を脳裏に焼き付け、鳴瀬が背負い込んでいるものを全て引き受けるつもりで、必ず闇の底で蠢いている存在をあらわにしなければいけないと思う。
そこには何が隠されていて、これから何が始まろうとしているのか、地を這いずってでもこの手で暴き出さなければいけない。
「俺がじゃなくて、俺たちッスよ!」
唇を閉ざし、思い詰めた表情で思考を巡らせていると、溌剌 とした声に鼓膜を揺さぶられ、考えるよりも早くに視線を向けていた。
「有仁……」
「これで終わりになんて絶対させないッス! 鳴瀬さんをこんな目に遭わせた奴を見つけ出して、こらしめてやらないとっすね!」
涙を一杯に溜めていた表情からは一変し、全てを等しく照らす太陽のような明るさと、有り余るほどの元気を取り戻していた有仁が、此方を見つめながらブンブンと軽快に拳を振り回している。
すでに気合い十分のようであり、いつでも動けると言わんばかりにそわそわと落ち着きがなく、まるで主人の命令を待っている忠犬のようでもある。
ふっと肩の力が抜け、無条件に手を差し伸べてくれる存在へと胸を熱くさせながら、全力で支えてくれる絆に触れて思わず笑みが溢れてしまう。
「俺にも協力させて下さい。一人で背負うのは無しですよ、真宮さん」
飛び跳ねる勢いで捲し立てていた有仁とは対照的に、隣で佇んでいたナキツは柔和な笑みを浮かべており、静かだけれども固い意思を秘めながら言葉を紡いでいる。
「ナキツ……」
思っていたよりも小さく、か細く空気を震わせながら呟かれた名前でも、ナキツは心地好さそうに拾い上げ、優しく穏やかな笑みを浮かべている。
聳 え立つ壁がどれだけ高かろうとも、彼等がそこに居てくれるだけできっと、容易く飛び越えていけるという自信が何処からともなく湧いてくる。
二人を交互に見つめ、言葉は交わさずに深く頷き合うと、鳴瀬から身を引いて静かに立ち上がる。
闇は深く、今はまだ照らし出そうにも一寸先すら窺えず、何者をも寄せ付けぬ混沌だけが漂っている。
先に何が待ち構えているのか想像も出来ないが、あれこれと考えている暇があるならばほんの僅かな断片でもいい、少しでも多くの手掛かりを求めて行動していたかった。
「よっしゃ! 行きますかー!」
「行きましょう、真宮さん」
鳴瀬を一瞥してから二人へと赴き、彼等の声を耳にしながら共に歩き出す。
何よりもまずは仲間達の元へと話を持ち帰り、協力を要請するところから始めるべきであろうという会話がなされる。
あまりに辛く、胸が痛い対面になってしまった。
それでも入室してきた時に比べれば心は平穏を取り戻しつつあり、しっかりとした足取りで暫しの別れを告げて出ていく。
早く目覚めてほしい気持ちはもちろんあるが、そうしたら彼の性格上いてもたってもいられないとばかりに、身体を引き摺らせてでも再び渦中に浸かりに行ってしまいそうな気がする。
だからこそ今だけは、ある程度の片が付けられるくらいまでは何にも囚われずに眠り、己を労ることだけに集中していてほしい。
何も心配はいらない、お前はゆっくり休んでいろ。
また、すぐに会いに来る。
そう内心で言葉にしながら来た道を戻り、今後のことについて話し合いを深めていく。
頼れる仲間たちと、肩を並べながら。
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