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Zwei
あれから一夜明け、たちまちのうちに流れていく時間に焦りを覚えながらも、気が付けば辺りにはもう夕闇が迫ろうとしていた。
日中とは違い、徐々に肌寒さが増していく風に身を撫でられ、一帯が夜陰 へと移り変わろうとしている。
駐車場に単車を預け、なんとなく忘れ物がないかどうか衣服の物入れへと手を当ててしまいつつ、ポンポンと軽く叩きながら歩みを始める。
昨日とは打って変わり、傍らには賑やかな面子も、優しげな笑みを浮かべている顔も見当たらず、二度目の病院を前にして単独行動をしていた。
未だ眠りに就いていると分かっていながらも、僅かな間でも良いから出来るだけ鳴瀬の顔を見ておきたくて、こうして今も足を運んでいる。
大切な友人を見舞いたいという気持ちにもちろん嘘はないのだが、病室を訪れているのは自分だけではないという自覚もあり、だからこそ出来る限り顔を出しておきたかった。
事は未だ終結しておらず、まだ始まったばかりだ。
誰が手掛かりを携えているとも知れず、再び鳴瀬の身が脅かされる可能性も否定できない為、双方ともに重要な案件であるが故に目を離しているわけにはいかず、協力してなるべく誰かが側に居られるようにと話し合いがなされていた。
四六時中途切れることなく見守る状況は流石に難しいけれど、それでもこのように僅かな心掛けでも、何かしらに繋がる切欠にはなれるはずだと信じている。
発覚から然程時間が経っていないからか、手掛かりと呼べるような情報には依然として到達できておらず、みなで手当たり次第に方々を駆けずり回っている。
個人としての付き合いだけではなく、もっと鳴瀬の内面やチームの背景にも迫るべきであったのだと、今更後悔したところで全てが遅く、途方もない闇を手探りで進んでいるような状態であった。
物思いに耽りながら歩を進め、出入口へと近付くにつれてすれ違う者も多くなっていくが、そうそう見知った顔には出会えないものだ。
何とはなしに辺りを見回し、相変わらず順番を待って椅子に腰掛けている者たちを尻目に、鳴瀬の病室を目指して再び歩き始める。
鼻腔をくすぐる消毒の匂い、様々な人生が交錯している場所で、歩みを進める度にざわめきが少しずつ遠退いていく。
不意に視線を向けると、大きな窓硝子が中庭に面して張られていることに気が付き、先ほどよりも外の暗さが増している。
昨日と同じ通路を歩いているはずなのに、やはり自分で感じていた以上にあの時は動揺していたのであろうか、そこに窓があることすら印象に残っていなかった。
天井から注がれる淡い光を受け、うっすらと自分の姿が窓硝子に映り込んでいる。
己の姿には特に目もくれず、時おり誰かの見舞いをしてきたのであろう人とすれ違いながら、鳴瀬の病室を目指して歩いていく。
階段を上り、鳴瀬について交わされた話を思い出しながら、次に取るべき行動を考えつつ焦らぬよう自分に言い聞かせる。
悠長に構えてもいられないが、焦燥感に身を任せていても空回りするだけであり、得られるものも取り逃がしてしまう。
完全に落ち着くことは無理でも、冷静な判断を狂わされない程度には自己を保ち、今は埋もれている一筋の光だけでも見つけたい。
見慣れた病室との距離が少しずつ狭まり、近付くにつれて複雑な想いが表情に表れてしまうも、なんとか自分を奮い立たせて歩みを進めていく。
何故かその時は、自分以外にも訪れる可能性はあると分かっていながら、病室には鳴瀬しか居ないものと思い込んでいた。
それだけに引手へと指を添え、何の心の準備もないままに引き戸を開けた先に立っていた人物に驚き、不意打ちで暫くの間は思考を遮られてしまう。
戸を開けたからには、鳴瀬に会いに来たということは周知の事実であり、なんとなく気まずさを感じながらも立ち尽くしているわけにはいかなくて、病室に足を踏み入れる。
視線の先には、二人の男が立っていた。
両者ともに上背があり、目線の高さが己と然程変わらないように思えることから、180センチはあるだろうと目測する。
鳴瀬を眺めているようであり、今のところ此方からは横顔しか確認出来ず、どのような表情をしているかまでは窺えない。
そのような中でまず目につくのは、手前で佇んでいるすらりとした体躯の青年であり、鮮やかな銀髪に視線を奪われる。
スーツを着用しており、共布 で仕立てられた一揃いの洋服は漆黒に染め上げられ、謎めいた雰囲気が身から醸し出されている。
鳴瀬のチームの者だろうか、見慣れない顔ぶれに思考を巡らせるも、一目でも会っていたらなかなか忘れられない出で立ちをしている。
誰もが黙し、多少の居たたまれなさを感じながら立ち尽くしていると、銀髪の青年が不意に顔を向けて目が合う。
左の眉尻にかけて銀のピアスが二つ連なっており、同性から見ても美しく整った顔立ちをしている青年が此方を見つめ、暫しの時を視線が絡み合う。
ミステリアスな空気を纏 い、色気を孕む美貌の青年にじっと双眸を向けられ、なんとも言えない気まずい状況を打破するべく口を開きかけた時に、彼がふっと微笑を浮かべる。
言葉を忘れ、反応に困りながらも視線を逸らせないでいると、銀髪の青年は穏やかに微笑んだまま足を踏み出し、傍らを通り過ぎると共に双眸から解き放たれる。
そうしてようやく、奥で佇んでいた者の姿態が明らかになり、彼も此方を振り向いて歩き出す。
銀髪の青年とは対照的に、一瞥しただけで興味を失ったのか早々に視線を逸らし、終始無表情のまま刻一刻と互いの距離が狭まっていく。
艶やかな漆黒の髪を微かに揺らし、感情の機微を窺えない青年の瞳はただただ冷ややかであり、一見すると近寄りがたい雰囲気を身に纏っている。
中でも印象的なのは、左の首筋から鎖骨にかけて彫られている刺青であり、揺らめく炎のようにも見える模様は漆のように黒く、より一層一筋縄ではいかないであろう印象を植え付けられる。
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