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Zwei

鼓動はドクドクと、狂ったような激しさで脈を打っている。 駆け出しそうな気持ちをぐっと堪え、やっとの思いで目的の場所へと辿り着き、中途半端に開いていた戸から入室する。 変わらぬ静寂に包まれ、戻って来たことで少しずつ心が落ち着いていき、音を立てぬように戸を閉める。 黙したまま歩みを進め、間仕切りの向こうでは昨日と同じ姿が目蓋を下ろしており、何事もなく済んで内心ホッと胸を撫で下ろす。 未だ目覚める気配はないけれど、もう暫くは大人しく休養していてほしいので、変わらぬ寝顔を見つけて幾分か安心する。 「よォ、鳴瀬。来てやったぞ」 穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで傍らへと移動し、丸椅子に腰掛けて声を掛ける。 自分でも意外なくらいに優しい声音で、正直ガラではないという照れ臭さもあるが、殆ど独り言のようなものなので気にしないことにした。 「さっきは悪かったな。いきなり出ていっちまって……」 応答は無いと分かっていても構わずに語り掛け、鳴瀬の顔を見つめながら優しげな声音で、一言一句丁寧に紡いでいく。 「見慣れねえ奴等がいたけど……、アイツら誰なんだ? て、お前に聞いてもしょうがねえよな……」 鳴瀬に聞けば一発で解決するのだろうが、生憎彼はまだ何処とも分からぬ場所で外界と遮断されており、解答など期待するだけ無駄な話である。 微かに息を漏らし、ベッドの端に肘を置いて頬杖をつき、早く鳴瀬とまた話がしたいと心底思う。 間近で怪我を負っている青年を見つめ、凸凹に腫れ上がっている顔は相変わらず痛々しく、眺めているうちに表情が曇る。 そっと手を伸ばし、繊細な細工でも扱うかのように怖々と鳴瀬の額に触れ、何も言わずにじっと微かな体温を感じ取る。 「いてぇよな……。何も出来なくて悪かった……」 なるべく力を入れず、負担がかからないように包帯の上から撫で、遠慮がちに鳴瀬から手を離す。 「今な……、動ける奴全員で手分けして情報かき集めてんだけど、なかなか上手くいかねえもんだな……。お前がこんな目に遭っちまって、焦ってんのかな……。もっと落ち着かねえとな……」 普段からは想像も出来ないくらいにするすると、己の胸中に迫る言葉が次々に紡がれていき、誰かに聞かれていたらとんでもなく恥ずかしい類いの話であると思う。 それでも止められず、本当は誰かに聞いてほしいのか知っていてほしいのか、弱さを滲ませながら顔を俯かせる。 清潔で真っ白な布団が視界に入り、横たわっている鳴瀬の身体はボロボロの状態であり、完治するには根気と時間を必要とする。 言葉が途切れ、頬杖をついたままぼんやりと一点を見つめ、暫しの静寂に身を預ける。 軽口ばかり叩いて、酒と煙草と女が大好きなお調子者で、いつも楽しそうに声を上げて笑っていた。 そんな日々を、昨日のことのように思い出せる。 懐かしいと感じてしまうのが悲しくて、止めどなく罪悪感に苛まれて、思い詰めた表情で生地に触れて指を滑らせる。 少しひやりとし、引っ掛かりもなく滑らかな表面に指を遊ばせ、その手をぐっと握り締める。 「そろそろ行くな。また来る……。ゆっくり休めよ」 これ以上情けないところは見せられないと、半ば強引に話を終えて立ち上がり、笑みを浮かべながら別れを告げる。 お前の為なら何度でも足を運んでやる、言葉にはしないけれども胸中で、真っ直ぐに鳴瀬を見つめて紡ぎ出す。 視線を逸らして歩き始め、音を立てないよう静かに引き戸を動かし、鳴瀬の病室を後にする。 両側に並ぶ部屋の前を過ぎ行き、黙っていても相変わらず頭の中では色々と考えを並べてしまい、思考は休息を知らないようだ。 あれからどれくらいの時間が経っていたかは分からないが、ひとまずチームの面々と顔を合わせようと思い、足早に廊下を歩いていく。 窓から見える外の景色には、全てを覆い尽くすような暗闇だけが広がっており、うっすらと映り込んでいる己の姿は、相変わらず険しい表情を浮かべているようであった。

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