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Zwei

「オッスー!」 引き戸に手を掛けると、勢い良く開け放して溌剌(はつらつ)とした声を出し、満面の笑顔で有仁が挨拶をする。 日は変わり、たまたま同じタイミングで時間が出来たこともあり、こうして連れ立って鳴瀬の元を訪れていた。 病室では、すでに何名かが鳴瀬から距離を置いたところで待機しており、戸が開くと同時に視線を一斉に注がれる。 此方を認識するや否や、それまでゆったりと過ごしていた者たちの姿勢が急に良くなり、何処か嬉しそうな笑みを浮かべて一様に佇んでいる。 「やっほ~! 皆の衆! 調子はどうすか!」 ひらひらと暢気に手を振り、端から端まで響き渡るくらい盛大に声を上げると、早速仲間たちの元へ向かおうと一歩を踏み出す。 しかしそれ以上は叶わず、何やらただならぬ気配を察して振り向こうとするも、背後からはドスのきいた低音が響き始め、やっべー! と有仁が戦慄した頃には全てが手遅れなのであった。 「おい有仁……、テメエ此処を何処だと思ってやがる。騒がしくすんじゃねえよ、このバカ」 「うわっ! いたたたっ! 痛いッスよ、真宮さ~ん! おっきい声出したら、もしかしたら鳴瀬さんが起きてくれるかもって思ったんすー!」 面々が声を掛けるよりも先に、真後ろから騒々しい有仁の頭部を両側から拳で挟み込み、ぐりぐりと抉るように押し込みながらお灸を据える。 途端に有仁からは悲鳴が上がり、かえって余計にうるさくなってしまったような気がしつつも、渦中の人物といえば涙を滲ませて反省の意を捲し立てている。 鳴瀬と言葉を交わしたい気持ちは誰しもが同じで、音に気付いてもしかしたら目が覚めるのではという淡い希望もあるだけに、有仁の想いを真っ向から否定することは出来ない。 しかしながら彼の場合は少々賑やか過ぎるので、今日も今日とて何通りもの手の内から一つを選び出し、周囲の面々にとってもお馴染みの光景が広がるのであった。 「チッス、真宮さん。お疲れさまです」 仕置きから単なる悪戯(いたずら)へと変わりつつある頃、時おり笑い声を上げながら一部始終を眺めていた者たちから挨拶を受け、手を止めて奥で佇んでいる面々に視線を向ける。 解放と同時に有仁がサッと離れ、脱兎の如く奥でたむろしている仲間たちの後ろへ隠れると、ホッと一息つきながら頭を擦っては何事かぼやいている。 「おう、来てくれてありがとな。助かる。どうだ? 鳴瀬の様子は」 「変わりなしッスね」 「そうか……。まあ、気長に待つしかねえよな。お前ら後は好きにしてくれていいぞ。交代だ」 鳴瀬の様子を見に来てくれていたことに感謝し、気が置けない面子との穏やかなやり取りを経て、後は自由に行動してくれて構わない旨を伝える。 今さっき来たばかりではないであろう青年たちに、思い思いの行動をしやすいようにと多少配慮の上で、此方のことは気にせずに、後の時間を好きに過ごしていてほしいとの思いから紡がれた言葉であった。 自らの意思で来てくれているとはいえ、やはり少なからず気を遣っての行動ではあるだろうし、気持ちは有り難いのだが、あまりに此方のことばかり優先させているようで申し訳なくもあった。 「そッスか。んじゃ、俺らはこれで失礼します。また来ますよ」 「おう、ヨロシクな」 共に来ていた面子と目配せし、そろそろこの場から立ち去ろうという結論に達したようであり、内の一人が顔を向けて言葉を紡ぐ。 「あ。おちびちゃんはお返しするんで、後は真宮さんの好きにしちゃってください」 「ちょっ! 裏切り者! ンなこと言ったら脳味噌筋肉の真宮さんに何されるか……!」 「おいテメエ聞こえてんぞコラ」 ぞろぞろと歩き出そうとしたところで、ふと何かに気付いたかのような表情をし、背後でのんびりと寛いでいた有仁の首根っこを掴むと、揃いも揃って無邪気な笑みを浮かべながら差し出してくる。 唐突に平穏を奪われ、猛獣の前へと晒された小動物の如くあわてふためいたかと思えば、無慈悲な面子に向けて有仁が文句を浴びせ掛けている。 聞き捨てならない言葉をさりげなく言われつつ、これはもう一度お灸を据えたほうが良さそうだなと判断し、青年たちと戯れている有仁をこらしめるべく拳を鳴らす。 「一体なんの騒ぎですか。廊下まで聞こえてましたよ」 そこへ、反射的に声のした方向へとみなが視線を向けると、開かれていた戸の側にナキツが立っている。 認識するや否や、一筋の希望を見出だしたとばかりに有仁が駆け出し、未だ事情を呑み込めないでいるナキツの背後へと回り込む。 「ナキツ~! ナキツは俺のこと見捨てたりしないッスよね! みんなが俺を寄ってたかっていじめるんス~ッ! 特に真宮さん……! 鬼! 悪魔!」 後ろからナキツの腰へと両腕を回し、抱き付くように身体を密着させて隠れると、時おり顔を覗かせて此方を指差しながら好き放題に言葉を並べ立てている。 やれやれとナキツは額に手を当て、明らかに困っている表情を浮かべながら、有仁と此方を交互に見ている。 「まったく……。どうして有仁は……、フォローのしようもないくらいの状況になってから、いつも俺に助けを求めるんだ……」

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