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Zwei
「それで起きたら大爆笑だな」
「ハハハッ! そうッスよね~! でも鳴瀬さんなら有り得ない話じゃないと思うんす!」
「だな。今にもガバッて起き出して、食う食うって言いそうだもんな」
「そうそう! 鳴瀬さん食い意地張ってるッスよね~!」
応答が無いのを良いことに、好き勝手に言葉を並べ立てながら会話を続け、何気ない一時にこんなにも安らぎを感じている。
視線の先ではナキツが皮を剥き終えたようであり、ベッドの端を借りて何処からか見つけてきた小皿を置いており、食べやすい大きさに分けて並べている。
蜜を含んでいる林檎はあまりにも魅力的であり、見ているだけでも美味しさが口内へと広がるようであった。
「はい、どうぞ」
適度に熟れた果実がその身を晒し、ナキツが微笑みを浮かべて小皿を差し出すと、そこには幾つかに分けられた林檎が並んでいる。
幸せそうな笑みを浮かべた有仁が受け取り、いの一番に一つを手に取って口の中へと招き入れる。
「うま~っ! う~ん、幸せ……」
「こら、有仁。一人で食べない」
一人で全てを平らげてしまいそうな勢いに釘を刺し、有仁をじっと見つめながらナキツが行動を窺っている。
口一杯に頬張り、暫くはムシャムシャと食べることに専念していた有仁が、ようやく喋れるようになってから林檎の端を摘まみ、満面の笑みで此方に差し出してくる。
「はい、真宮さん! あ~ん」
「は……?」
「は、じゃないッスよ! 早く口開けるッス~! じゃないと俺が真宮さんごと食べちゃうよ!」
自分で食べられるわけだが、何故か有仁はご丁寧にも食べさせてあげたいようであり、口元に林檎を突き出して今か今かと開くのを待っている。
拒んだところで聞かないことは分かっているが、だからといって素直に聞き入れてやるのも腑に落ちず、さてどうしたものかと黙って考える。
「有仁……」
咎めるようにナキツが声を掛けるも、有仁は何処吹く風で相変わらず此方を見つめて笑んでいる。
別にいいかと息を漏らし、有仁から手渡しで林檎をがぶりと口に含むと、滲み出る果汁が広がっていくのを感じながら、甘い香りに鼻腔をくすぐられる。
久しぶりに食べた林檎はとても美味しく、たまには良いものだなと思いながら味わい、有仁も満足そうに眺めている。
「ごめんな、ナキっちゃん! 真宮さんにあ~んてしたかったのは、ホントはナキっちゃんのほうなのに、てイテッ! なんで叩くんスか!」
「うるさい」
余計なことを言われたらしいナキツが、有仁の頭部にごつんとげんこつを入れ、何事もなかったかのように次の林檎を取り出している。
皿に乗せられている林檎を掴み、美味しかったので更にもう一つをかじりながら、時おり窓の外を眺めて穏やかな時間を過ごす。
日はまだ暮れておらず、爽やかな青空が何処までも広がっており、流れていく雲が彩りを添えている。
まるで何事も無かったかのようだ。
本当は全てがあの日あの時のままであり、傍らで眠る傷だらけの鳴瀬など存在しておらず、いつでも会いたいと思えば顔を合わせて話が出来るのだと錯覚してしまいそうになる。
けれどもそれは、自分が今居る場所と、少し視線を移すだけでも見えてしまう現実に容易く打ち砕かれていき、晴れ渡る空がなんだか残酷にも思えてくる。
お前の時間が動き出すのは、いつなんだろうな。
「ごちそうさん。ちょっと煙草吸ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
「真宮さん、りんごは~? まだこんなに残ってるッスよ~!」
「お前にやるよ。ナキツも剥いてばっかいねえで食えよ」
感傷的な気持ちを振り払おうと、気分転換に煙草でも吸いに行こうと立ち上がり、二人に声を掛ける。
ナキツはこくりと頷きながら視線を上げ、有仁は美味しそうに食べながら林檎を片手に声を掛けてくる。
双方へと笑い掛けて言葉を返し、背後を通り過ぎて出入口に向かっていくと、外で一服しようと思い歩き出す。
様々な人とすれ違い、今や見慣れた光景である院内を眺めながら、歩き慣れた廊下を一人で進んでいく。
引き続き情報を求めて動いてはいるのだが、なかなか有力な手掛かりを得るには至らず、何故こんなにも掠めることすら出来ないのであろうかと少し不思議に思う。
他チームのアタマとも連絡を取り合い、そこから更に探ってもらっていることも考えれば、今では大層な人数がこの件について関わっていることになる。
それでも出てこないのは何故か。
それはやはり、鳴瀬が率いているチーム、ヴェルフェが何らかの事情を知っているからとしか思えず、誰もが今や謎めいた彼等の行方を追っている。
よくよく考えてみれば、ただでさえ表立った行動をしていないチームの、それもヘッドにわざわざ喧嘩を売るような輩がいるのだろうか。
広い世の中を見渡せば、中にはとんだ阿呆もいるものであり、そういう者に絡まれることはあるかもしれない。
しかし、鳴瀬をあそこまで追い込むには相当の人数と戦闘力を必要とし、情けなど欠落している鬼のような所業を刻み付けている。
報復か、はたまた如何程のものか確かめたい好奇心からか、考えても考えても迷走するばかりで理由など分からない。
恨みを持って鳴瀬を叩いたのであれば、ヴェルフェも水面下で犯人を追っている可能性があるし、すでに事が片付いているかもしれない。
それでもヘッドの元に現れないのは一体どういう了見なのか、会いに来られない理由があるのか、あえて身を潜めて何かを待っているのか。
紐解けない謎に苛立ちが増すばかりで、眉間に皺を寄せて考え込んでいると、ふと視界に自動販売機が映り込む。
煙草も捨てがたかったが、近くに椅子が備えられていることもあって、何か飲みながら休もうと心変わりする。
「何にすっかな……」
人もまばらな休憩所に辿り着いてから、自動販売機の前で腕を組み、意図せず呟いてしまいながら何にしようかと暫し迷う。
端から端までを目で追い、珈琲でも飲もうかと目当てのボタンを押すと、すぐにも紙コップが取り出し口の内側へと下りてきて、注がれる音が聞こえてくる。
然程時間は掛からず、出来上がりと同時に扉を開けて、熱々の珈琲が入っている紙コップを取り出す。
湯気が立ち上ぼり、香りを感じながら唇を触れさせ、一口飲んでから適当な場所に腰を掛ける。
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