15 / 347

Zwei

微かに息が漏れ、珈琲を片手に辺りを見回してから頭を過るのは、決まって鳴瀬に関することばかりであった。 自分には一体何が出来るのか、果たして彼の為に成し得ることが出来るのか。 常に靄がかかっているようで、晴れない想いに翻弄されては今にも引き摺られてしまいそうで、己を律していることさえも困難になってくる。 必ず何処かに答えがあるとは分かっていても、その一片にすら触れられずにいる現状では道のりが遠く険しく、何故なのかという疑問が湧いては尽きない。 時おり珈琲を飲み、背凭れに身を預けて溜め息を漏らし、終わりなき迷走に心を蝕まれていく。 周りになど意識も向かず、自分の殻の中で思考を巡らせては表情を曇らせ、誰かが訪れようとも気が付くはずもない。 だからこそ後方から近付いてくる足音も耳に入ってはおらず、背後で立ち止まった存在が身を屈めて行動を起こすまで、全く気付かずに視線を落としていた。 「やあ。また会えたね」 唐突に耳元で囁かれ、するりと肩に腕を回されて思考が追い付かないまま、咄嗟に顔を向けて見ると至近距離で銀髪の青年が此方を見つめており、色気を孕んだ笑みを浮かべている。 何がなんだか分からず、一気に物事が進んだせいでなかなか頭も回らず、目が点の状態で暫しの時を硬直してしまう。 まさか今、このタイミングで銀髪の青年と再会を果たせるとは思わず、その上向こうから会いに来てくれるだなんて予想もしていなかっただけに、ただただ驚きの色を隠しきれない。 間近で見目麗しい青年に見つめられ、これは一体どういう状況なのかと身を固まらせながら冷静な思考を取り戻そうと躍起になるも、こういう場合の対処方法など知らなかった。 「お前……、あの時の……」 小さく口を開き、なんとか苦し紛れでも伝えたい想いを紡ぎ出すと、目前で笑んでいる青年と視線を交わす。 「覚えていてくれたんだ。嬉しいよ」 そしてあろうことか、嬉しそうに言葉を紡ぎながら額に触れ、前髪を避けたかと思えば唇が触れており、落ち着きを取り戻しかけていた思考がまたしても混乱を極めていく。 額にキスをされたと認識した頃には頬が染まり、どうしていいか分からないくらいに調子を狂わされ、驚いて身体を揺らしたことで珈琲が零れて手に掛かってしまう。 「アッチィ!」 熱さで更に驚き、まだたっぷりと波立っている珈琲入りの紙コップを取り零しそうになるも、すんでのところで踏みとどまってしっかりと掴み直す。 一連の様子を眺めていた銀髪の青年は微笑を湛え、形の良い唇を開いて柔らかに言葉を紡いでいく。 「うっかりさんだね。大丈夫?」 テメエのせいだよテメエの……! とは口が裂けても言えないので、心の中で雄叫びを上げながら徐々に落ち着きを取り戻していく。 日常風景からはかけ離れた出で立ちをし、それでも美しい青年には違和感なく似合っており、初めて会った時の印象はそのままに、相も変わらず危なげな魅力を醸し出している。 連なる二つのピアスが陣取り、つくりもののように整った顔立ちをしている青年が、じっと此方を見つめては離してくれない。 見ていても特に面白いことなど無いというのに、それでも彼は微笑みを絶やさずに眺めており、居たたまれなくなってとうとう此方からふいと視線を逸らしてしまう。 一体何を考えているのかが分からず、目を逸らしても痛いくらいに視線を感じて照れ臭く、これはなんの罰ゲームなのだと困惑してしまう。 「隣、いいかな」 「ああ……」 艶のある声が耳に届き、すっかり調子を狂わされながら了解するも、正直隣に座られたってどうしていいかが分からない。 聞きたいことが山ほどあるはずなのに、銀髪の青年が一旦離れて回り込み、傍らに腰掛けても言葉が喉につかえてなかなか形にすることが出来ない。 距離をとるように正面を向き、紙コップを両手で持ちながら沈黙していると、視界の端から手が伸びてきて腕を掴まれる。 またしても驚いて顔を向けると、もう一方の手にハンカチを持っている青年に微笑まれ、意図を知っても心臓に悪くてそわそわしてしまう。 「熱かったでしょ。火傷してない……?」 「あ、ああ……、大丈夫だ。悪いな」 手を拭かれ、気遣う言葉に遠慮がちに答えて視線を向けると、やるべきことを終えた両腕が離れていく。 視線を絡ませ、何から言うべきか思案していると、銀髪の青年が先に口火をきる。 「驚かせちゃったみたいで、ごめんね? (ぜん)、ていうんだ。僕の名前。良かったら君の名前を教えてくれないかな」 「……真宮だ」 時おり視線を逸らして珈琲を飲み、すっかり調子を乱されて味など感じられなくなっていたが、構わずに少しずつ中身を減らしていく。 銀髪の青年は漸と名乗り、やはり記憶にはない人物であることが分かり、鳴瀬との接点を知る為に慎重に言葉を選ぶ。 傍らでは漸が微笑を湛え、飽きもせずに此方を見つめており、あまりにも視線を注がれているのは何やら気恥ずかしくて、どうしていいか分からず落ち着かなかった。 「あー! 銀髪!」 すると、遠くから聞き覚えのある声が響いてきて、漸と共に後方へと視線を向ける。 視線の先では、有仁が大きく口を開きながら驚いた表情をしており、隣にはナキツの姿が確認出来る。

ともだちにシェアしよう!