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Zwei
視線を向けると、傍らにて腰掛けている銀髪の青年が映り込み、正面を向いていて微動だにしない。
電灯により、滑 らかそうな白銀の髪は淡く輝きを帯びており、何処と無く儚げで危うい印象の彼を存分に引き立てている。
美しく、品の良い顔立ちをしているだけに、眉尻にかけて嵌められているピアスが一見不釣り合いに思えるも、どうしてか彼には違和感なく似合ってしまう。
非現実的だけれども、美貌の青年にはより一層の色気を孕ませる要素となり、独特の雰囲気を持ち合わせている彼にはこれ以上ないくらい自然に見えた。
「どうしたの……? そんなに見つめて」
思いの外じっくりと、細部まで確かめるように視線を注いでいると、不意に漸が顔を向けてきて目が合い、穏やかな声色でゆったりと問い掛けてくる。
「あ……、いや、悪い」
「どうして謝るの?」
「それは……、その、なんとなくだ……」
「ふふ。いいよ……、もっと見て」
あからさまに視線を向けていたつもりはないが、とうに銀髪の青年は察していた様子であり、間近で吐息混じりに囁かれて急激に恥ずかしさが込み上げてくる。
不意打ちで狼狽 えていたこともあり、歯切れが悪いながらも咄嗟に詫びを入れてしまうと、漸が悪戯な笑みを浮かべて言葉を返してくる。
どうしてと聞かれても、急な問い掛けにあたふたしながら紡ぎ出された謝罪であるので、更に深く突っ込まれても困ってしまう。
案の定、不自然に間を空けて言葉に詰まり、やっとの思いで答えにならない切り返しを紡いだ頃には照れ臭さで頬が染まり、悟られたくなくて顔を背けてしまう。
一連の行動を眺めていた漸は、微笑を湛えたまま顔を覗き込むように背を丸め、甘やかな声を発しながら髪に触れてくる。
尚も体温は上昇していき、赤くなっているであろう顔を晒すわけにはいかなくて、まともに漸と視線を交わすことすら出来ないでいる。
質感を確かめるように髪を撫で、時おり指に絡ませて弄ばれながらも反応を見せられず、心を落ち着かせることばかりに気を取られていた。
「君は可愛いな……」
「は……? な、なに言ってんだテメエッ……、言う相手がちげえだろっ」
「合ってるでしょ。こんなにかっこよくて男らしいのに、照れて顔を赤くしてるさまが初々しくて……、本当に可愛い」
聞き捨てならない台詞に顔を向け、どう考えても自分のような男に掛ける言葉ではないと懸命に訴えるも、穏やかでいて鋭い眼光に捕らわれて身動きが取れなくなってしまい、なんとしてでも否定したいのに上手く言い表せないでいる。
顔が熱く、とうに心情を見透かされているとはいえ、これ以上恥ずかしいところを人目に晒したくはないのだが、漸はお構い無しに髪を撫でて甘く動揺を誘う台詞を囁いてくる。
「からかうんじゃねえよ……。ぶん殴るぞ」
「その顔で言っても、あんまり説得力ないかな」
「うるせえ。こっち見んじゃねえよ」
出会ってからまだ間もない相手ということも忘れ、顔を赤くしながら次第に口が悪くなっていき、調子を狂わされてばかりで苛立ちを募らせている。
それでも漸は何処吹く風で、楽しそうに笑みを深めて会話を続けており、最終的には此方が折れてまたしても顔を背けてしまう。
戸惑いに鼓動が速まり、これまで周囲にはいないタイプの人間にどう対応して良いものかが分からず、苦し紛れに棘のある物言いをして双眸から逃れていることしか出来ない。
尚も視線を感じており、そんなに眺めて何が楽しいのかと呆れてくるも、彼は飽きもせずにじっと見つめ、腹の底までもを暴こうとしているかのように色素の薄い瞳を向けている。
ゆっくりと味わう暇もなく、冷めていた残り僅かな珈琲を飲み干して紙コップを握り潰し、ひとまず左手で持ち続ける。
髪に触れられ、情けないことに振り払えもしないまま現状に甘んじており、未だに頬を染めて半ば不貞腐れている。
何かしら行動を起こせば離れてくれるかと思いきや、珈琲を飲もうが紙コップを握り潰そうが結局のところ止まず、本当にぶん殴ってやろうかと思いながらも大人しく耐え忍んでいる。
すると、柔らかな髪に絡ませていた指が不意に離れていき、すっと耳から滑り落ちるようにして首を触られてびくりと身体を震わせてしまう。
先程までは気にも留めていなかったが、どうやら彼の手には指輪が嵌められているようであり、体温と共にひやりとした感触が首筋を掠めて過敏に反応してしまい、油断をしていただけに明らかに不自然な態度をとってしまっていた。
「……どうかした?」
「なんでもねえ。指輪が……、冷てえからびっくりして……」
「ああ……、これか。ごめんね、驚かせて」
「いや、いい……。気にすんな」
最も弱い部分であり、それだけに普段から一応は気を付けている。
だが、予測不能な事態には上手く対処しきれず、事が起きてから思い出して火消しに取り掛かる場合が多かった。
今回も例に漏れず、なかなかに苦しい言い訳ではあるが指輪を盾に、冷たくて驚いただけなのだと伝えて無理矢理にでも納得してもらおうとする。
微かな冷えを感じてはいたけれど、人肌と共に絡まり合って首筋を流れていくさまに、より一層電流が走るかのように明らかなる熱が生まれており、一瞬のことであったにもかかわらずまだ感触がそこには残っている。
何かを考えるように間を空け、手を止めてじっと視線を注いでいた漸は、やがて納得してくれたのか指輪を眺めてから謝ってくる。
指輪が悪いわけではないし、上手くごまかせたのか不安が残るところではある。
しかし決して掘り返すことなく、努めて平静を装いながら受け答えをする。
「にしても、それで殴られたら痛そうだな」
「そうかな。味わってみる……?」
「遠慮しとく」
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