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Zwei
感触を辿るように首筋へと触れ、愚かな熱を覚まさせようと静かに擦る。
何とはなしに視線を向け、漸の指に収められている指輪を見てみると、左手の中指と人差し指にそれらは鎮座しており、重厚な存在感を放っている。
一方には艶を帯びる漆黒の石が嵌められ、トライバルのように複雑で繊細な模様が周囲を取り囲んでおり、重く冷ややかに漸の指へとまとわりついている。
もう片方には荊が絡み付いているかのように、幾重にも重ねられて彼の指を戒めており、殴られたら確実に傷が付いて痛いだろうなと暢気に考えてしまう。
心の声をつい言葉にしてしまうと、漸は悪戯な笑みを浮かべながら眼前へと手を晒し、軽く握り込んで拳を作ってみせる。
ふっと穏やかに笑うと、漸も微笑んでからゆっくりと手を下ろし、会話が途切れて辺りを静寂が包み込んでいく。
彼にも予定があるだろうし、そもそも鳴瀬の顔を見に来たであろう青年を引き留めているのも悪い気がして、そろそろ此処から立ち去ろうかと考え始める。
これまでは漠然とヴェルフェの影を追っていたのだけれど、一目でも顔を見ているヒズルが属していると知った今なら、より手掛かりが見つけやすくなるような気がしている。
身を隠そうとしたところで、流石に動いている人数を鑑みれば何処かで必ず目に留まるはずであろうし、ヒズルが何かを知っている気がしてならない。
「ところで君も……、何処かチームに所属しているのかな?」
物思いに耽っていると、声を掛けられて視線が交わり、問われた内容について考える。
「ああ……。まあな」
「さっきのお兄さんたちも、同じチーム?」
「そうだな……」
「へぇ、そうなんだ。君は……、もしかして偉い人?」
「え?」
「真宮さん、て呼ばれてたし」
群れに属しているのは確かであり、ナキツや有仁も同じチームの仲間であるが、己の立場を聞かれてなんと答えたら良いものかと頭を悩ませてしまう。
偉い人、という程のものではないし、束ねている立場ではあるもののそんなに権威を振りかざしたいわけでもなければ、そんな必要もないと思っている。
仲間であり、友人であり、家族である面々に対し、金や暴力、恐怖にものを言わせて従わせているわけでもないし、そのようなことをするつもりもない。
悪ふざけ面子の中で、収拾がつかなくなりそうな彼等の動向を眺めてまとめ、時おり間に入って止めてみたり、 げんこつを喰らわせてみたり、たまに自分が咎められる側になったりしながら笑い、何かあればすぐにでも駆け付ける。
ヘッドという立ち位置ではあるし、聞こえはかっこいいような気がするけれど、実際は愛すべき馬鹿野郎どものお目付け役みたいなもんじゃねえのと思っていたりもする。
「そんな大したもんでもねえよ。あんま詮索すんな。ハズい」
「照れてるの? また赤くなってるよ」
「うるせえよ。見んなっつったろ」
全く嫌な奴だぜと思いながら、顔を背けて視線を泳がせ、気になるわけでもないのに辺りを見渡す。
そろそろ立ち去らなければと考えつつ、なかなか機会に恵まれなくて切り出せず、もう随分と前から此処で過ごしているような気がしてくる。
漸と話すのが嫌なわけではなく、調子を狂わされてしまうので良いことばかりではないけれど、お互いに笑みを浮かべながら会話を楽しめている。
どのような人物か想像がつかなかったが、実際の彼はとても気さくで親しみやすく、物腰が柔らかで丁寧な男であった。
鳴瀬を想い、身を案じてくれている優しい彼の為にも、なんとしてでもこのヤマを解決したいと強く思っている。
「真宮さんのチームの名前は、なんていうのかな……?」
「お前……、俺の話聞いてたか……?」
「な・ま・え」
「……俺お前のこと苦手だ」
「僕は気に入ってるよ。項垂れちゃって……、可愛いね」
「うるせえよ。可愛くねえよアホ」
恥ずかしいから詮索するなとつい先ほど伝えたばかりであるのに、何事もなかったかのように今度はチームの名前を聞かれ、面と向かってまじまじと興味を示されるとなかなか照れてしまうものであり、かわそうとしてみるも全く退いてくれる気はないようである。
額に手を当ててがっくりと項垂れれば、漸は愉快そうに微笑みながらまたしても聞き捨てならない言葉を発し、此方の心をバッキバキにへし折ってくる。
終いには泣き言が出てしまうも、漸をより一層楽しませているだけのようであり、コイツの攻略法を誰か教えてくれと胸の内で嘆いていた。
「……で、君のチームの名前は?」
「お前も大概しつけえ奴だな……」
「君のことが知りたくて必死なんだ。分かってくれるかな……?」
「なんだそりゃ……、分かるわけねえだろ……。ンなもん」
「焦らすのは好きだけど、焦らされるのはあんまり好きじゃないんだ。君は……、どちらがお好み?」
「ハァッ? ば、ばかお前……、いきなりなに言ってんだ……。恥ずかしい奴だな」
唐突に何を言い出すのかともうお手上げ状態で、問われている内容すら忘れてしまいそうな心地の中、これは明かさない限りずっと続いていきそうだなと感じ、強情な青年に溜め息が出てくる。
いや別にいいんだけどよ……、名前教えるくらい……。
良いのだけれど、面と向かってチームの名前を聞かれ、それまでの彼の言動によってもたらされた動揺やら恥ずかしさも相俟ってなんだか言いづらく、求められるほどに照れが増して自分でもおかしくなったのかと思うほどである。
それでもようやく観念し、唇を開くものの暫くは沈黙が続いてしまい、もちろん漸の視線からは逃れながらボソボソと知りたがっている名前を紡いでみる。
「……ディアル。これで満足かよ」
「ディアル。へぇ、そうなんだ。君に似合いのいい名前だね」
「そうかよ……」
「うん。かっこいいよ」
「お前……、そういうのやめろ……」
「そういうのって、どういうの? そんなに照れちゃうようなこと……、なのかな?」
「……俺お前のこと嫌いだ」
「アレ? 今度は嫌われちゃった」
にこりと微笑まれ、何をどうしようとも平常心でいられないような言動をしてくる漸にやめろと言ったところで、通らないどころか真意を察しているはずなのに楽しそうに攻めてくる。
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