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異形

「ナキツ……。やっぱ、これ……」 「……決まりかもな」 手の付けようがない青年を前に、助けを求めて有仁が振り返る。 これまで見てきた現場では、軒並み意識を失って倒れている者ばかりであったが、今回のように目覚める存在も僅かにあった。 彼らから発せられる言動といえば、一様に何者かに怯え、そして決まってディアルを拒絶する。 此度も例に漏れず、ディアルの名を聞いてから明らかに様子がおかしくなり、何をそんなにも恐れているのかガタガタと身体を震わせている。 やはりこれは、あえてディアルの人間を避けて狙いを定めており、ヴェルフェを嗅ぎ回っている連中のみを叩き潰している。 こうまで揃ってしまえばもう、ディアルの面々を把握している上で、ヴェルフェの人間が協力者を襲撃しているのだと確信するしかない。 「あのさ……、ちょっとでいいから、話聞かせてくんないかなあ……。なんで俺らのことそんな嫌がるの? めっちゃ協力してくれてたじゃん」 困惑する視線が行き交い、誰もが行動を起こせずに立ち尽くしていると、有仁が振りほどかれながらも青年へと触れ、一体何をそんなに怯えているのか探ろうとする。 しかしながら理由を知ろうとしたところで、返ってくる反応にもすでに確信めいた予感があり、青年は怯えながらもやっとの思いで台詞を紡ぎだしてくる。 「す……、すぐに、分かる……。もう……、もう、勘弁してくれ」 「ハァ……、お前までそんなこと言うのかよ。それってなに……、ボコッた奴に言わされてんだよな? 俺らに何か聞かれたらそう答えろって? 馬鹿にしてるぜ……」 「お前らに関わるのはもうごめんだ……。嗅ぎ回るべきじゃなかったんだ。あんなっ……、あんな奴ら……、お前らも潰される。関わったことを後悔させられる……。俺たちにはもう関係ねえっ……! 勝手にやってくれよ! 頼むからもう巻き込ないでくれ!」 そう言って一段と強く手を振り払われ、有仁は驚いた表情を浮かべながらも青年を見つめている。 すぐに分かると、被害に遭った者達から返ってくる言葉をまさか、此処でも聞くことになろうとは考えたくもなかった。 ディアルが駆け付け、話を聞くだろうことを予期した上で、負傷している青年を介し暗がりから手招き、語り掛けられているかのようだ。 表立って動いていることを知っており、チームの垣根を越えて尽力してもらいながらもヴェルフェ探しの核を担っているのはディアルであると、相手はきちんと見据えた上で襲い掛かってきている。 何を吹き込まれたのかは不明だが、思い出したくもないであろう記憶を植え付けられた事は明白であり、ディアルに関わらなければこんな目には遭わなかったと口を揃えて被害者は青ざめている。 汚いやり口だな……、鳴瀬さんなら絶対にこんなこと許さない。 苦虫を噛み潰しながら、ヒズルという手掛かりを掴んだ日から急速に事が進み、今では随所で火種が燻っている。 あれから彼を目撃したという情報は入っているが接触するには至らず、捜そうにもこのような騒ぎが頻発していて手が回らなくなっており、最早何処から手を付けたら良いのかと頭を悩ませている。 「なあ、ナキツ……」 ひとまず彼等を安全な場所へと運ばなければと考えていた時に、有仁から声を掛けられて視線を向ける。 普段のお調子者で暢気な雰囲気は消え失せ、未だ怯えて顔を背けている青年を一瞥してから振り向くと、真面目な表情で有仁が問い掛けてくる。 「これってさ……、元々の発端はヴェルフェの内部抗争が原因だったりする……?」 「鳴瀬さんを引き摺り下ろす為に、寄ってたかって傷付けたってことか……?」 「だって他に……、なんもねえんだぜ? 鳴瀬さんがボコられたことすら知られてなくて、必死に探して大した手掛かりも掴めなかった。唯一何か取っ掛かりがありそうなのは謎だらけのヴェルフェのみ……。この件だってもう……、ヴェルフェ確定だろ……」 深手を負っている青年達を見つめ、有仁は苦々しげに語気を荒らげる。 そう言われてしまえば、一連の出来事を始めから終わりまで納得のいくような説明が出来そうだと思え、その可能性を考えていなかったわけではない。 しかし認めてしまうと、尚更鳴瀬の措かれている状況が不憫でならず、何故あのような裏切りを強いられなければならなかったのかと歯痒くなる。 内部で勃発していることならば、鳴瀬の元に訪れない辻褄も合ってしまうし、もしそうであればこんなにも切ない事実はない。 「ヒズルは……、どうなんだろう。彼は一度鳴瀬さんの元を訪れて、真宮さんに会っている」 「なんも知らねえなんてそんなわけないっしょ……。とにもかくにもヒズルって奴を捕まえんのが今は一番手っ取り早い」 事が事であるだけに、珍しく真面目な面持ちでやり取りが繰り返されていると、何処からともなく足音が響いていることに気が付く。 各々視線を交わらせ、息を呑んで一斉に振り返ると向こうから、何者かが歩いてくる姿が目に留まる。 時おり薄明かりに照らされながら、コツコツと靴音が辺りへと反響しており、固唾を呑む面々の前に少しずつ姿を現していく。 「ナキツ……。アイツって」 「ああ……」 漆黒の髪を揺らし、感情の機微を窺えない双眸が面々を見つめ、首筋から鎖骨にかけて彫られている刺青が淡い光に照らされてゆらりと浮かび上がり、それを見逃すはずもなかった。 「ヒズル……」 一定の距離を置いて立ち止まり、名を紡いでも顔色一つ変えることなく佇み、暗き瞳がじっと様相を窺っている。 たまには噂もしてみるものだと思いながら、求めていた人物が向こうから現れてくれるとは予想外であったが、これ以上にない好機であるとも思える。 「探しものは見つかったか……?」 淡々とした物言いで、何を考えているのか分からないポーカーフェイスの青年から発された言葉に、ぞくりと背筋が戦慄くのを感じながらも視線は逸らさない。 有仁や面々もヒズルに注目しており、暫くは双方共に動かずじっと窺うように、刻まれていく時の中で相対する。

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