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異形

「真宮の姿が見えないようだが」 視線を逸らさず、暫しの静寂に身を委ねながら相手の出方を窺っていると、淡々とした物言いで予想外の台詞が放たれる。 周囲へと視線を向け、黒髪の青年は確かに真宮という名を発し、見目形までもをしっかりと認識しているようであった。 「真宮さんを知っているのか……?」 自然と声が低くなり、得体の知れない青年に居所を気に掛けられている事実に心がざわめき、眼孔が鋭くなっていく。 「意外か……? お前たちのヘッドだろう。アイツのことならよく知っている。何せ有名人だからな」 視線の先では、顔色一つ変えることなく佇んでいる青年が居り、感情に乏しい言葉の数々が淡々と羅列されている。 薄明かりに照らされ、端正な顔立ちをしている青年の黒髪が、時おり過ぎ行く風によって微かに揺れる。 クールな見た目とは裏腹に、首筋には燃え盛る炎のように荒く、獰猛な揺らめきが黒々と刻印されており、ますますヒズルという人間をどう判断すべきかが分からなくなってくる。 長身で、すらりとした体躯の青年は、じっと此方を冷ややかに見つめたまま視線を逸らそうとはせず、蛇のようにまとわりついてぞくぞくと背筋が戦慄くも、どうしてか目を離すことが出来ないでいる。 この男は、真宮を知っている。 話には聞いていたが、やはり目前で佇んでいる青年はヴェルフェの人間であり、鳴瀬と共に時を過ごしていたのだと確信する。 それでも、真宮の姿までもを知っているとは思わず、ましてや行方を気に掛けるような言動は想定外であった為に、何やら不気味で仕方がない。 「真宮さんなら此処にはいない」 「そのようだな」 「お前は……、ヴェルフェの人間なんだな」 「ああ、そうだ」 「彼等を含めた一連の襲撃は……、お前たちの仕業なんだろう」 「そうだな。だが、それがどうした」 隠しもしなければ、ごまかそうという素振りすらも見せず、問い掛けに対して素直な回答を紡がれる。 彼等とは、ヴェルフェを追い掛けたが為に手傷を負わされた者のことであり、未だ背後では頭を抱えて怯えている青年の他、地に伏せて意識を途絶えさせている者共で溢れていた。 これだけのことをしておきながら何の感情も湧いていないのか、惨状を目前にそれがどうしたと発されて耳を疑う。 およそ鳴瀬というトップが率いていたとは思えないような発言と雰囲気に気圧され、明らかに異質な空気を身に(まと)っている。 けれども本当に異質であったのは、もしかしたらヴェルフェという群れの中で息づいていた鳴瀬のほうだったのであろうか。 現時点ではヒズル以外にヴェルフェへと属している存在を知らず、チームのカラーを把握するにはあまりにも情報が不足している。 それでも惨たらしい現場を思えば、そして今まさに何処かで発覚しているであろう同様の惨状を考えれば、良心的な集団でないことだけはどんなに大馬鹿者でも容易く想像が出来る。 ヴェルフェに於いて異端であったのは鳴瀬のほうであり、ヘッドの力で彼等は抑えられていただけなのだ。 「鳴瀬さんをあんな目に遭わせたのも……、お前たちヴェルフェなのか」 痛々しい姿で眠りに就いていた鳴瀬と、悲しげに見つめていた真宮の横顔が脳裏をよぎる。 そうして自分が、散々なまでに痛め付けられたであろう鳴瀬の身以上に、真宮を悲しませた事実が許せないのだと改めて気付かされる。 大概薄情な人間だなと自身を嘲っても、鳴瀬も大切な存在であることに変わりないとしても、真宮という存在の前では全てが霞む。 だからこそ、ヒズルが真宮の姿を知り、正体を握っている上でわざわざ言葉にしてきたことが気に掛かり、何か企みがあるのではと勘繰ってしまう。 ヒズルが口にしていた通り、実際ディアルのヘッドである真宮という男は良くも悪くも目立ち、人を惹き付けてやまない存在であるとは理解している。 それだけに危険も多く、立場上仕方がないとは言っても簡単には割り切れず、憧れなどとうに超えた頭目(とうもく)の為ならば、それが例えどんなに非情な決断であったとしても躊躇わず実行してしまうのであろう。 目前で暗き双眸を向けている青年は、唯一無二の存在であるヘッドの為に排除すべき人間か否か。 判断を誤らぬよう慎重に思考していきながら、黒髪の青年との会話を続けていく。 「ああ。アイツが堕ちていくさまをずっと見ていた」 「鳴瀬さんを……、ヘッドの座から引き摺り落とす為か……」 「まあ、そういうことになるだろうな」 あれだけ追い求めてきた苦労を思えば、あまりにもアッサリと真実が明かされてしまい、ヒズルは相変わらず平然としている。 一体この男は何を考えているのだろうか、腹の底を探ろうにも何も読み取ることが出来ないでいる。 けれどもやはり、鳴瀬を陥れた件にはヴェルフェが深く関わっており、寧ろ諸悪の根源であった。 一刻も早く真宮に知らせたいと思う反面、どうして今鳴瀬を痛め付けたのであろうかという疑問が湧く。 「何故今なんだ……。鳴瀬さんがヘッドについたのは、昨日今日ではないはずだ」 「さあな。それは俺の知るところではない」 「何故あそこまでっ……、鳴瀬さんを追い詰める必要があったんだ」 「そんなに気にすることか? お前には関係のない話だろう」 何が悪いんだと言わんばかりに、淡々と答えていくヒズルに対して薄ら寒さを感じながら、かねてから気になっていたことを捲し立てていく。 「漸さんには、鳴瀬さんの件について知らないと言っていたそうだな……」 「漸……? アイツがそう言ったのか」 「ああ」 「そうか……。なるほどな」 つい先日に漸から話されていたことを思い出し、それについても投げ掛けてみれば珍しく間が生じ、ヒズルが何事か考えるような素振りを見せる。 しかしそれも束の間であり、すぐにまた先程までの様子へと戻り、結局のところ未だにヒズルという人間の本質を見出だせずにいる。 何故その時に限って些細ではあるけれども、ヒズルの調子が狂わされたのかは不明であり、何に対して自分の中で完結させているのかも分からない。

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