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異形

尚も足音は重なり合い、ズルズルと何か重い物を引き摺っているかのような物音と共に、ヒズルの背後に広がる暗鬱とした夜から今にも飛び出してきてしまいそうだ。 時おり舞い込んでくる風に頬を撫でられ、有仁と肩を並べながら混沌とした闇を見つめ、一体何が這い出そうとしているのか予想もつかない。 鬼が出るか蛇が出るか、どちらにしても幸運をもたらしてくれるような展開からは程遠く、一層不利な立場へと追い込まれていくことであろう。 それでも退路を絶たれてしまっている身としては、全ての事象を真っ向から受け止めていくのみであり、最早何が現れようともいちいち驚いてはいられない。 何としてでも此処を切り抜けて、頭目の行方を明らかにしなければ何も始まらない。 このような所にいつまでも止まってはいられない、事態は一刻を争うのだ。 例え何を犠牲にしても、彼の身が危ぶまれることに比べたら安いものであり、その為ならば幾らでも非情になれる。 この場所には彼が居ない、少なくとも此処で頭目に危害が及ぶことはない為、それだけでも救いと思わなければならない。 「一体何が現れるんだか……」 「他の奴等は何やってんだろうな~」 「同じ状況だったらウケるな」 一歩下がった位置から一連の流れを見ていた面々が、状況の割には明るい口調で会話をしながら前に出て、共に肩を並べて何者かの訪れを待つ。 それまでも何度かやり取りはあったものの、目先の事に夢中であった為に聞き流しており、ここにきてようやく話を拾えるだけの余裕が生まれてきたのであろうか。 真宮一人に意識を捧げてしまっていたのだが、今こうして動いているのは自分達だけではなく、当然のことながら仲間はまだ他にもいる為、少数精鋭であちらこちらに散開しているはずなのだ。 しかしそれはヴェルフェにも言えることであり、彼等にも当たり前に仲間がいるはずであろうし、こちらからは動向を瞬時に知る術は今のところ無い。 案外、隣り合う面子が漏らしていた通り、同じような状況に陥っているのかもしれない。 それでも冗談めかして話せるあたり、ディアルに身を置いている者らしいとも思え、トップのカラーが色濃く影響を及ぼしている。 同じ状況に追い込まれていたとして、屈する者など誰一人もいないだろう。 此処は、そういう者達ばかりが集まっており、何よりも真宮がそういう人物である為に、嫌でも染められていくに違いない。 一人で焦り、突っ走ってしまっていたことを恥じ、彼等の会話を聞きながら心を落ち着かせ、憧れや尊敬などという言葉では最早言い表せない青年の姿を思い浮かべ、うっすらと見え始めた足音の主達を視界から逃さず見つめる。 「なあ……、スゲエ嫌な予感がするんだけど……。アイツが引き摺ってるのってさ……」 ようやく姿を現した者達は、全部で三名いた。 一様に暗黒色のパーカーを着込み、目深にフードを被っている為に顔は分からず、内の一人が何かを引き摺って歩いている。 重さがあり、ぞんざいに地べたを引き摺られながら近付いてくる其れは、目を凝らせば人の形のように見えなくもない。 傍らで呟かれた有仁の言葉を聞き、どうやら彼も同じ事を考えていたようであり、暗に其れが人間であると言っているも同然であった。 人であるならば一体誰なのか、思考を巡らせていく中で行き着いたのは先程の青年であり、現況から顧みても一番可能性が高く、現実的であると考える。 悲痛な叫び声を思い出し、恐らく、いや確実に不気味な雰囲気を漂わせる三名に危害を加えられ、意識を失っているのを良い事にこのような目に遭わされているのだろう。 すでに傷付き、消耗していた青年を更に追い詰め、まだ足りないとばかりに責苦を与える。 ヴェルフェとは、本来そういう者達で構成されているのだ。 ささやかな情を見せて逃したわけでも、ただ単に興味が無いということでもなければ、初めから増援が現れると分かっていた上で青年をあえて踊らせ、ヒズルは最初からどのような未来が描かれるのかを知っていたのだ。 やはりヒズルも、ヴェルフェの枠組みにきちんと収まっている。 どうしてこのような者共が、今まで大人しくしていられたのであろう。 どうしてこのような者共と、鳴瀬は一緒に居られたのであろう。 ディアルの色合いとは相反し、鳴瀬という最後の砦が不在の今、彼等を繋いでいる鎖は存在しない。 「エンジュか」 苦々しげに見つめていると、ヒズルの傍らで面々が立ち止まり、揃いのパーカーに阻まれて詳細をなかなか窺えない。 これまでずっと黙っていたヒズルが、隣に向けて声を発すると、呼び掛けに応じるかのように掴んでいた何かを背後から引き摺り出して、眼前へと派手に転がす。 「あっ……! やっぱりさっきのアイツじゃないスか!」 たまらず有仁が声を上げ、先程此処から逃れたはずの青年が地べたで横たわり、腫れ上がった顔が視界に収まる。 すでに手傷を負わされていた青年に、平然とここまで出来ることが信じられない。 何故このような惨い仕打ちを与えられるのか、理解に苦しむ。 「よォ~、ディアルのクソ野郎どもォ。待たせたなァッ!」 人の心が無いのか、ならば彼等は一体なんなのだ、鬼か悪魔か。 毛色の違う人種に寒気を覚え、一様に身を硬くして視線を向けていると、青年を引き摺っていた人物が間延びした声を発し、パーカーを粗暴に脱ぎ捨てる。

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