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異形

「何も此処で脱ぎ捨てる必要も無いと思うが」 「うるせぇよ、動きづれぇんだよ。別にツラ隠す必要もねえしなァ~」 「奴の我が儘に付き合わなくていいのか」 「あァ~、まあなァ~。お偉方の言う事は聞いてやったほうがいいと思うけどよォ……、てお前着てねえよな」 「ああ、そうだな」 「ああ、そうだな。じゃねえよ!! テメエが一番とやかく言えねえだろアホか!! なんでちょっと上から目線なんだよ!!」 漆黒の衣服を脱ぎ捨てて露わになった人物は、バイクに乗っているのだろうか額にはゴーグルを装着しており、金髪を後ろで一つに結んでいる。 ヒズルとは対照的であり、どちらかというと派手な印象を窺わせる青年は荒々しく、それでいて明るく口数が多いようである。 黒のライダースジャケットを着込み、先程までの不気味な雰囲気からは打って変わって捲し立てており、周囲には全く構わずにヒズルと話をしている。 エンジュと呼ばれていた人物の他、まだ二人はパーカーを着ているのだが、そちらは一言も発することなく不穏な気配を漂わせ続けていた。 「ったく、嫌になるぜ! 誰かコイツの取説持ってねえのかよ!! て、お前ら居たのか」 「いや見えてただろ!」 すかさず有仁が反応してしまいつつ、ヒズルに手を焼いているのは自分達だけではないらしく、やはり彼はヴェルフェの中でも特質した存在であるようだ。 それではエンジュはどうなのだろうか。 チームに於ける位置付けは明かされていないが、ヒズルは恐らくトップに程近い場所に鎮座しているように思え、それは仲間に対する呼び方からも窺える。 ヒズルと対等に話をしているエンジュも、肩を並べられるような位置付けであるのだろうし、他の二名よりは間違いなく力を持っているのであろう。 ということは、比例して武力も自然と上位に属しているのだろうし、堂々とした振る舞いからも嫌でも伝わってくる。 「アレ、な~んだ真宮いねえの。はずれか」 「こっちではなかったようだな」 「つうことは……、お偉方のほうが当たりってわけか」 「そのようだな」 「俺もあっち行きゃ良かったなァ~。どうせやるなら楽しみてェし」 「同行したところで、お前が独り占め出来るとは思えないが」 「言えてる。コエ~からなァ、うちのお偉方。流石に真宮は譲ってもらえねえか!」 そう言って豪快に笑い、ヒズルと肩を並べながら此方を見つめ、端正な顔立ちににやりと笑みを乗せている。 またしても紡がれた真宮という名に、ざわりと胸の内に暗雲が立ち込めていき、エンジュの言うお偉方とヒズルの言う奴が同一であることを察する。 ヴェルフェ総出で真宮を捜しているような気配に焦りを感じ、何故そこまで彼に固執しているのかが分からない。 彼等が思い浮かべている人物とは、一体何者なのだろうか。 手出しが出来ない、(めい)に背けないということは、彼等よりも立場が上になるのであろうか。 「おい、そこのゴーグル野郎!」 「あァ? なんだよ、クソチビ」 「チビじゃねえよ有仁!! 超失礼な奴!!」 「俺はエンジュ、よろしく~」 「ヨロシクッ!! じゃなくて!! さっきから奴だのお偉方だの一体なんなんすか! わけ分かんないんすけど!!」 クソ呼ばわりはいいのか、という素朴な疑問はそっと胸にしまい込み、かねてから気になっていた事を有仁が代弁する。 「ンなもん言葉通りだろ。お前らで言う、真宮みてェなもんだろ」 「は……? てことは、ヘッドってことスか?」 「そういうことになるな。鳴瀬の後釜だ」 平然ともう、何者かが鳴瀬の位置へと腰を下ろしており、何事も無かったかのようにそれを受け入れている。 元々は鳴瀬の座を奪う為に行われた事であるのだから、ヘッドの枠が空いていたらおかしいのだが、それにしたってこの違和感は何なのだろう。 「お前らにとって鳴瀬さんて何だったんすか……? なんでそんなっ……、何事もなく平気でいられんだよ!」 「鳴瀬のことは好きだったぜェ? アイツと喋んの面白ェし、ノリがいいから一緒に居て楽しかったぜ~!」 「ああ。俺も鳴瀬のことは嫌いじゃない。従わせるだけの力も持っていたしな」 有仁の懸命な問い掛けに、エンジュとヒズルは意外にも鳴瀬を好んでいたことを明かし、あまりにも予想から外れた言葉に目を丸くする。 希薄な関係かと思えば、しっかりと鳴瀬の人となりが根付いており、全員ではないにしろ確かに受け入れられていたのだ。 それならば尚のこと現状をすんなり受け入れられないだろうと思うのに、どうして彼等は平然としていられるのだ。 「でも、アイツもうヘッドじゃねえから。しょうがねえよなァ? アイツより強くて、頭の切れる奴が現れちまったんだから。つうわけでな? アイツはとっくにヴェルフェから淘汰された人間なんだよ。俺の世界に……、アイツは居ない」 そう言って、エンジュは笑う。 「鳴瀬よりも奴の方が強かった。ただそれだけのことだ」 当然のようにヒズルが言葉を紡ぎ、やはり彼等はこういう奴なのだ、根っこの部分は情に薄く冷ややかな血も涙もないような者達なのだと、同じ人間とは思えない言動の数々に身の毛が弥立つ思いであった。 「今のヘッドは……、鳴瀬さんとどう違うんすか……」 眉根を寄せ、胸糞悪い心情でありながらも苛立ちを抑え、有仁が会話を続けていく。 現在のヴェルフェの所業の数々は、新たなヘッドのカラーが色濃く影響を及ぼしているのか、それとも本来の群れの性質を取り戻しただけなのだろうか。 顔色一つ変えずに黒髪の青年は佇み、傍らではエンジュがヒズルの肩に手を乗せながら楽しげに笑んでいる。 「アイツは、人の皮を被った化け物だ」 「見た目からは想像も出来ねえくれェ……、腹ン中ドロッドロで嫌な奴だぜェ~? マジでえぐい」 そうして紡がれた言葉は、すでに化け物じみている彼等をも超える異形の存在であり、そこまで言わせるヘッドとは一体どのような人物であるのか最早考えたくもない。 一つ確実なことは、彼等の言う化け物の手が真宮の肩へと伸ばされようとしている。 何故彼なのだ、どうしてよりにもよって彼を選ぶのだ。 自問は尽きない、繰り返しても意味が無い、此処を切り抜けない限りその手には何も触れられない。 暫しの静寂は大層居心地が悪く、不愉快な者共と向き合って吐き気がしてくる。 気分は最低であった。

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