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異形
「あ。俺の電話だ」
両者一歩も退かず、一触即発の雰囲気に包まれながら相対していると、有仁がいとも容易く静寂を打ち破って携帯電話を取り出す。
およそ場にそぐわない喜劇的な音楽が辺りへと響き、あらゆる視線を釘付けにしていながらも全くお構いなしな様子で、端末を操作しては何やら難しい顔をしている。
どうやら着信ではなかったらしく、何かメッセージが送られてきているようであり、賑やかな音楽はなかなか鳴り止まずに何度も不自然に繰り返され、いつしか一斉に何事かを受信しているのだと察する。
「雑草呼ばわりしてくれた割には……、徹底的に潰す気満々じゃないすか」
暫くは無言で携帯電話を操り、やがて気が済んだのか顔を上げてヒズルへと向き直り、意味深な言葉と共に好戦的な笑みを湛える。
「有仁……、何があった」
警戒は怠らず、ヴェルフェの面々へと視線を向けたまま、傍らで佇んでいる有仁に声を掛ける。
不穏な気配ばかりが漂い、このタイミングで殺到するような連絡など目に見えており、一段と険しい顔付きで前を見据える。
「ん~、ナキっちゃんが今考えてることそのまんま……、かな? うちの奴等み~んな、ヴェルフェくんとおっ始めちゃったみたいだぜ? つっても……、吹っ掛けてきたのはそっちからだろうけどな!」
内輪の情報は、全て有仁の元へと集約されるようになっており、殆ど同時に各地から送り届けられた言葉の数々は、総じて戦いの火蓋が切って落とされたことを告げていた。
何もディアルが特別なわけではないと言っておきながら、片手間に遊んでやるにしてはあまりにも執拗な上に容赦が無く、叩きのめしてやろうという悪意ばかりが伝わってくる。
生かす気なんて更々ない、手始めにディアルから叩き潰してやろうとでもいうのか、あちらこちらでチームの存亡を懸けた争いが始まっている。
此処も直 に、その内の一つとなるのであろう。
「初めが肝心だからな」
「せっかくの祭は楽しまねえとなァッ! 数ある中からテメエらを選んでやったんだ。感謝してくれてもいいんだぜェ~?」
ふざけるなと声を大にしたいところだが、生憎今はそんな場合ではない。
エンジュが陽気に話をしながらも一歩を踏み出し、両脇で佇んでいたフードの人物達も動きを見せ始め、自然と此方も身構えながら彼等の言動に注目する。
「やり過ぎるなよ」
ヒズルが一歩後退し、エンジュへと視線を向けながら静かに、淡々とした物言いで紡ぎ出す。
「そいつは約束出来ねえよなァ~。お前もゆっくりしていけよ」
「俺は他に行くところがある」
「あっそ。んじゃま、お偉方にヨロシク~」
ひらひらと手を振り、此方へと獰猛な視線を向けながらもアッサリと別れを告げ、エンジュはヒズルを送り出す。
予想に反し、ヒズルだけは早々に此処から立ち去るつもりでいるらしく、どうやらヘッドの元へと向かおうとしているようだ。
ヒズルの向かう先にヴェルフェのヘッドが居るのなら、恐らく、いや間違いなく程近い場所に真宮がいることであろう。
何処まで嗅ぎ付けているのかは知れないが、初めから的を絞って行方を追っているくらいなのだから、すでに近くへ迫っていたとしても何らおかしくはない。
このまま行かせるわけにはいかない。
後にどれだけの脅威となるかは不明だが、僅かな可能性の芽でも徹底的に摘んでおかなければならない。
何故ならば、ディアルのヘッドと接触してしまう恐れがあるから。
行く手を阻む理由として、それ以上の事柄など必要ない。
「待て……!」
此方など見向きもせず、用は済んだとばかりに踵を返し、火花散る現場を後にしていく。
咄嗟に声を上げ、去り行く背中を懸命に引き止めようとするも、大人しく言うことを聞いてくれる人物ではない。
呼び掛けに応じないのであれば、ヒズルの眼前へと立ちはだかるしか道はなく、彼をこのまま好きにさせてはいけないと思う。
「おいおい……、俺のことは無視かよ」
ヒズルに気を取られ、目の届かない場所へと行ってしまう前に追わなければと、今にも走り出そうとしていた時にいずこからか声が掛かり、周りが見えていなかったことに気が付いてハッとする。
視線を向ければエンジュがすでに詰め寄っており、不敵な笑みを湛えながら拳を握り締め、真っ直ぐ此方に向けて今にも放たれようとしている。
行く手を阻むエンジュと共に、去り行くヒズルの後ろ姿が瞳に映り込む。
鮮やかな金髪を揺らし、喧嘩慣れしている様子のエンジュが目前で笑むと、隙を狙われて拳が繰り出される。
「ナキツッ!!」
反射的に腕を上げ、エンジュからの攻撃を受け止めようと身構えれば、有仁の声が鼓膜へと滑り込んでくる。
そして拳が到達するよりも先に、有仁がエンジュへと渾身の体当たりをお見舞いし、無理矢理に軌道を変えさせて難を逃れる。
勢い良く突進したことで両者もろとも体勢を崩し、有仁がエンジュを押さえ込むようにして地へと派手に倒れ込む。
「有仁……!」
「ぼさっとすんな! 早く行け!」
瞬時に体勢を立て直そうとするエンジュを阻み、両の腕を掴んで自由を奪うと、決死の力比べをしながら荒々しく言葉を掛けられる。
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