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異形

「テメッ……! チビのくせに力あんなァッ!」 「チビは余計なんだよ! このゴーグル野郎!」 エンジュの腹部に腰を下ろし、好きにはさせないとばかりに動きを封じ込め、獰猛な獣の襲撃を身を(てい)して止める。 拳が繰り出せないとはいえ、両足からの攻撃までもを防ぐことは叶わず、脇腹や背中に無慈悲な蹴りを打ち込まれながらも有仁は退かず、エンジュの猛攻を一身に浴び続ける。 「ヒズルが行っちまう! 行けっつってんだろ早くしろっ!!」 普段の様相からは想像も出来ないような剣幕に圧され、決して優勢とは言えない場に有仁を残すことに躊躇するも、此処から脱しなければヒズルをみすみす逃してしまう。 それに、自分が残って加勢しようとしたところで、有仁は絶対に許してはくれないだろう。 視線を向ければ、エンジュの先手を合図に戦いの幕は切って落とされており、力が激しくぶつかり合っている。 こうしている間にも、ヒズルは悠々と歩んで目的地を目指しており、今にも姿を見失ってしまうかもしれない。 「ヒズルを止めたところで、な~んの意味もねえと思うけどなァッ~」 「お前は黙ってろっつーの!」 「ハァ~……、そろそろ飽きたわ。いい加減手ェ離せ、遊んでやっからよォッ……!」 「させるかよ!」 エンジュとの攻防を尻目に、答えならすでに出ているというのになかなか踏み出せず、有仁を信頼しているからこそ置いていくことに躊躇いが生じ、葛藤に溺れ落ちる。 自分が止まっていては有仁も自由に立ち回れず、明らかに今足を引っ張ってしまっていると分かっていながらも、貼り付いたかのように一歩が踏み出せない。 いつでも劣勢を覆せるとばかりにエンジュが紡ぎ、意地でも好きにはさせないと有仁が全力で封じ、背中を見つめて己のすべき立ち回りを考える。 「有仁……」 このまますんなりと、ヒズルを目的の場所へ行かせるわけにはいかない。 そこまで分かっているのなら、初めから迷う必要なんてない。 自分の行く手を阻んでいる者は今誰も居らず、それは身体を張って道を切り開いてくれている仲間によって作られている。 それでも躊躇いはある、けれども自分の中で大きな存在感を示している人物を思い出し、冷静にヒズルの背中を捉えて有仁の名を呼ぶ。 「おう! 行ってこい!」 「後でな……」 互いに視線は向けず、言葉だけを交わすと即座に走り出し、猛然とヒズルの後を追い始める。 庇う相手が居なくなったことで、心置きなく有仁も思うがままに行動を起こせるようになり、エンジュとの一戦に本腰を入れて身を投じていく。 大切な仲間であり、友人である彼等のことを想い、信じてはいるけれどもやはり心配で、出来るなら共に道を切り開いて真宮の元へ駆け付けたかった。 しかし今、ヒズルの足を止められるのは自分だけであり、喧騒の場を抜けて青年の背中を追い求める。 頼りなげな灯りにより、点々と行く先々がぼんやりと映し出され、そのような中をヒズルは歩調を一定に進んでいる。 一体何処に向かおうとしているのかは分からないが、まだ頑張れば手の届く範囲にいたことに少なからずホッとし、息が乱れるのも構わずに駆けていく。 「ヒズル……!」 足音を響かせ、追っ手の存在に気が付いているであろうヒズルは、それでも構わずに歩いている。 痺れを切らして声を張り上げ、全力で後を追ってきたお陰で先ほど相対していた時よりも距離が縮まり、ここでようやくヒズルが足を止めて振り返る。 「お前か。まだ何か用か」 抑揚のない言葉と共に視線を向け、冷めた双眸にじっと見つめられる。 辺りを漂う闇を背負い、言い様のない不安感を煽られながらも、真っ向から対峙して睨み付ける。 「言ったはずだ。お前の好きにはさせないと」 ざわめく接戦を遠くに聞き、侵蝕するように這いずる暗き炎を首に飼う青年は、相変わらず感情を窺わせないまま佇んでいる。 「お前も随分と真宮にご執心のようだな」 「お前には関係のない話だ」 「そうだな、俺には関係ない。だが、お前がそんなにも気に掛ける理由には興味がある」 「お前には……、死んでも話さない」 風に身を撫でられ、企みの見えないヒズルと向き合い、突き放すように言葉を交わす。 馴れ合うつもりもない相手に胸の内を晒すなど許されず、ましてや真宮が絡むのであれば尚のこと唇は固く結ばれる。 「そうか。別に構わない。それで……、お前はこれからどうするつもりだ」 暫しの間を置いて、再び開かれた唇から紡ぎ出された言葉には、先程までとは違って確かな威圧感が存在していた。 静かな問い掛けではあるが、どのような行動を選び取るかをすでに分かっている様子であり、冷めた眼差しに捕らわれて今にも貫かれてしまいそうだ。 一見無感情なようでいて、荒々しい獣の如き暴力性が紡ぎ出された台詞を合図に見え隠れし、混沌とした現況を大いに楽しんでいるかに見える。 「お前の邪魔をさせてもらう」 何にも代えがたい存在の行方を気にしている輩を、このまま大人しく見送るわけにはいかない。 気持ちとしては、このような男など放って今すぐにでも連絡を取りたいのだが、ここでヒズルを行かせてしまうのは問題だ。 それならば、行く手を阻む。 今この場で選ばれるべき手札など、初めから一つしかないのだ。 「そうか、分かった。少し遊んでやろう」 取り巻く空気が次第に変わっていき、恐怖を感じているわけでも、不安や焦りを抱えているわけでもないというのに、鼓動はドクドクと激しく脈を打ち鳴らし、心情とは裏腹に緊張感に包まれている。 ヒズルの足を止め、意識を向けさせることは出来たが、ここからが正念場なのである。 青年は暫し目的を忘れてとどまり、完全なる討伐対象として見方を更新させてきた。 一歩を踏み出し、淡い灯に見守られながら視線を逸らさず、ヒズルがゆっくりと近付いてくる。 今、各地でも同様の状況に見舞われているようだが、戦況はどうなのだろう。 何よりも気に掛かるのは、自陣のトップの現在である。 悠長に考えている場合ではない、けれども気にすることをやめられず、ヒズルなんて本心ではどうだっていい。 全ては彼の為、いつまでも絶大なる影響力を誇り輝きを放ち続ける人物の為に、あれこれと考えてしまう思考を黙らせてヒズルの動きに意識を集中させる。

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