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異形

目前の敵を如何にして滅するかに着目し、暫しの静寂を経てから弾かれたように飛び出すと、ヒズルよりも先に行動を起こすべく駆け出していく。 相変わらず表情を変えず、感情を表には出さぬまま佇んでいる青年は、覇気に晒されながらも特に身構える様子もない。 速度を緩めず勢いも殺さず、真っ向からヒズルの顔面目掛けて拳を繰り出し、風を切って黒髪の青年へと伸ばされる。 ちらりと視線を向け、流石に真正面からの攻撃を喰らう展開にはならず、ヒズルは一歩後退して易々と初手を(かわ)し、お返しとばかりに拳を繰り出して間合いを詰めてくる。 「くっ……!」 素早い一撃が迫り、咄嗟に空いていた腕を上げて手を広げ、ヒズルの右ストレートを叩くように受け流して回避する。 瞬間生じた隙を見逃さずに更なる一撃を繰り出すべく拳を放つと、すぐにも体勢を立て直したヒズルが身体を反転させて避けながら腕を掴んで引き寄せ、がら空きの顔面に勢い良く拳を叩き込んでくる。 反射的に片手を顔の前に出して防ぎ、直撃は免れたものの重い一撃を受け止めたことでビリビリとした痺れが走り、身体をふらつかせて二三後退する。 一息吐く暇も与えられぬまま、即座にヒズルが近付いてきて更なる一撃を繰り出し、考える間も無く腕を上げて防御する。 そしてすぐにも鋭い反撃を繰り出すも躱され、相手から放たれた拳を回避して両者一歩も引かず、間を置かず暫くは息を呑むような攻防が繰り広げられていく。 「なるほど。少しは腕が立つようだな」 何処までも冷静に周りを見つめ、欠片の温もりも感じられない台詞が零れ、特に言葉を返そうとも思わずに態勢を整えて踏み出し、ヒズルの左足目掛けて素早い蹴りを解き放つ。 しかしヒズルは瞬時に順応し、腕を出して防御の姿勢に入ろうとする。 だがそれを見越して足に叩き込む直前で蹴りを止め、目にも止まらぬ速さで膝を曲げて腿を上げ、始めからヒズルの頭部を狙って改めて繰り出された右足が重く打ち込まれる。 しかしそれでもヒズルは遅れをとらず、足に叩き入れるかに見えた蹴りを防ごうと出していた腕を上げ、高く掲げられた右足からの攻撃を防いでみせる。 ごり押しとばかりに防がれた足を引いて身を(ひるがえ)し、勢いに任せて回し蹴りを喰らわせてみるも手傷を負わせることは叶わず、反撃される前に素早く離れて距離を取る。 「お前は何の為に戦っている」 「そんな事を知ってどうする……」 「別にどうもしないが、たかだかお前が一人駆け付けたところで事態は何も変わらないと思ってな。無駄な足掻きは、労力を無意味に捨てるだけだ」 「黙れっ……」 「お前は俺には勝てない。ひいては奴にもな」 淡々とした物言いであるというのに、威圧感に身を撫でられてぞくりと背筋が戦慄き、勝てぬ戦いと決めつけられて頭に血が上る。 だが眼前で冷めた視線を向けているこの男は、予想していた以上に強い。 相当喧嘩慣れしており、場数も踏んでいるに違いない。 およそ纏う雰囲気からは想像も出来ないような獰猛さを内に秘めており、血生臭い状況を楽しんでいるようにも見受けられる。 この男は危ないと、警鐘が鳴り止むことを知らずに唸りを上げている。 だが今退くわけにはいかない、企みが明かされない現状では尚のこと背中など見せられず、単に気に喰わないという想いも僅かにはある。 戦う理由を問われ、そんな事ヴェルフェが立ちはだかるからに他ならないが、そこに大切な存在が絡んでしまえばそれだけで事足り、以外に理由なんて必要もない。 鋭い視線を向け、これ以上お前と話すことなどないと足を踏み出して打ち切り、掲げた足をヒズルに放とうと風を切れば、身を屈めてハイキックを躱し、そこからくるりと身体を反転させながら腰を上げ、繰り出された蹴りがもろに頭部へと叩き込まれてバランスを失う。 こめかみから頬にかけて焼けるような痛みが伴い、重い一撃に視界が揺れて目眩がする。 すんでのところで地べたを這いつくばる醜態は避けられたが、体勢を立て直そうとするも思うように身体を動かせず、隙を突かれてヒズルに腕を掴まれてしまう。 「うっ……!」 後ろ手に捻られ、不服ながらもヒズルに背中を預けるような状況になってしまい、一方の手が顎から頬にかけて触れぞくりとする。 「言っただろう。お前は俺には勝てないと」 撫でるように指を滑らされて背筋が粟立ち、間近で抑揚のない語りに囁かれる。 認識は甘かったかもしれない、劣勢に追い込まれることになろうとは認めたくない事実であるが、実際に今全てはヒズルの手に握られている。 彼がここまで腕の立つ人間であるということは、エンジュやヘッドも同等、若しくは更なる高みに位置しているのかもしれない。 「さて……、どうする」 利き手の自由を奪われ、脱しようとしても押さえ込まれていては難しく、捻られている腕の痛みが増すばかりであった。 強烈な蹴りを浴びせられたヶ所からは血が滲み、素早い攻防の連続で気が付けば息が上がっている。 どうすると言われ、このような絶望的状況では何をしようにも不発で終わりそうだが、なんとか考えるしかない。 「何故……、真宮さんなんだ……」 「さあな」 「あの人をどうするつもりだっ……」 「奴に聞け」 「奴って何者なんだっ……。一体何処から湧いて出たっ……」 何故誰も彼も引き寄せられてしまうのかと、半ば忌々しげに言葉を吐き捨てると、ヒズルに僅かな間が生じる。 一体何事かと思うも表情を確認することは出来ず、相変わらず能面のような顔をしているのだろうとは思うも、疑問が生まれたのは確かであった。

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