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邂逅

「おい、真宮。聞いてんのか?」 名を呼ばれてハッと我に返り、知らず知らずの内にぼんやりとしていたらしい事に気が付き、傍らへと視線を向ける。 「あ……、ワリィ。全然聞いてなかった」 「おい、お前な……」 正直に答えれば、呆れた様子で溜め息混じりに言葉を紡がれ、脇腹を軽く小突かれる。 「いって。悪かったっつってんじゃねえか」 「お前さっきからずっとその調子だぞ。一体どうしたんだよ」 「えっ……、そうか?」 「そうだよ」 咎めるような視線を注がれ、自分では全くそんなつもりではなかっただけに少々動揺してしまい、不自然な間を空けつつ返答する。 「こうして飲むのも久々だってのに、お前全然心ココに有らずだもんな」 「悪い……。ちょっと色々あってよ……、つい考え事してたみてェだ」 無造作に置かれていた煙草を一本取り出し、咥えてから火を点けようとライターを手に取る。 すると、隣からスッと差し出された揺らめきに気が付き、見れば気が利くことに火の灯されたライターを手にしている。 視線を合わせればにこりと微笑まれ、つられて此方もフッと笑んでしまいながら身体を傾かせると、差し出された灯火を有り難く頂戴する。 「ま、生きてりゃ色々あるわな。ホント言うと、お前の様子がいつもと違うから気になって……。だから誘ったんだよ」 「そうなのか? て、俺そんな顔に出てるか?」 「お前が思ってる以上に分かりやすいぞ。スゲエ顔に出る。なんか思い詰めてんなあとは思ってたんだよな」 「マジかよ……」 紫煙を燻らせ、自覚している以上に周りへと感付かせていた事に頭を抱えたくなるも、なるべく平静を装いながら煙草を吸う。 目映いばかりの月光が辺りを照らし出しているであろう時間帯、今宵は珍しい人物に呼び出されて時を同じくしており、落ち着いた雰囲気の店内にて肩を並べて座っていた。 カウンター席にて、時おり酒を飲みながら話をして、流れる音楽と周囲の談笑を耳にする。 一人で浸っている者もいれば、テーブルを囲んで和気藹々と話し込んでは料理を楽しんでいる姿も窺え、客層は様々に十分過ぎるほどの賑わいを見せている。 正面では、名も知らぬ酒瓶までもが整然と棚に収まっている様子が見え、気持ちとしては一つ一つを通いながら試していきたいところではある。 同時に、悠長に過ごしている場合ではないという焦りがあるものの、親しい者からの誘いを無下に断るわけにもいかなくて、この場を訪れていた。 「何悩んでんのか知んねえけど、あんま背負い過ぎんなよ? コレお前の悪い癖」 「ンだよ……、知ったふうな口聞きやがって」 「図星だからって不貞腐れんなよ」 「うるせえよ、そんなんじゃねえ」 幼子(おさなご)をあやすように頭を撫でられ、即座に手で払い除けながらしっしと追い払い、子供扱いしやがってと不満げな表情を浮かべる。 傍らで腰掛けている青年は狭山(さやま)といい、自分がチームに属していることも、ヘッドをしていることも知らないある意味で貴重な友人の一人であり、日頃から何かと気に掛けては此方の変化によく気付いてくれている。 短く整えられた黒髪は、穏やかな笑みを浮かべている青年によく似合っており、身体を動かすことが好きなだけあって無駄無く鍛えられ、男らしくサッパリとした性格をしている。 しっかりと地に足のついた日常へと呼び戻してくれる青年により、暫しの間ではあるけれども抱えている問題から離れることで、冷静な思考を取り戻させてくれる。 詮索するような真似はせず、常に此方の意思を尊重して打ち明ければ親身に対応してくれる姿勢に、今抱えている事柄を全てさらけ出してしまいたくなる。 けれどもそれだけは出来なくて、つまらぬ争いに巻き込んでしまう可能性もあるだけに、狭山の為にも今夜は早めに切り上げなければならないと考える。 そして優先するべきことに着手しなければと思い、灰皿へと煙草を擦り付けて火を揉み消す。 「まあまあ、そう怒るなよ。お子様」 「うっせ、殴んぞ」 「いてぇよ、もう殴ってんじゃねえか……。思いきり叩きやがったな……」 「テメエがワリィんだろ、ムカつくことばっか言いやがって……」 そう言ってまた新たに吸おうと煙草へと手を伸ばしたところで、突如として何処からか異質な気配を感じて背筋がざわめく。 考えるよりも先に身体が反応し、振り向いて辺りを見回すも不自然な要素は何処にも見当たらず、突然の行動に狭山は首を傾げている。 気のせいだろうか、そう思いたいけれども確かに感じた得体の知れない存在感を勘違いでは済ませられず、逃れられない現実がゆるりと闇の底から這い出してくる。 「おい、どうした?」 「……ワリィ、狭山。今日はこの辺にしとこうぜ」 「え? いきなりどうしたんだよ」 「帰るぞ。今度またゆっくり話そうぜ。な……?」 「え、ああ……。まあ、そうだな。いつでも会えるしな。そうするか」

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