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邂逅
まだ何か言いたそうにしていたが、ただならぬ雰囲気を察して大人しく引き下がり、納得はいかないながらも言われた通りに帰り仕度を始める。
様子を見守りつつ、次いで広々とした店内を慎重に眺めていくも、やはりこれといって変わったところは無いように思え、客はそれぞれに語らいを楽しんでは此方の心情になど見向きもしない。
幾ら断るのも申し訳ないからといって、このような時に自分と接触させることはやはり避けるべきであったのだと、あらゆる音の波間で佇みながら今更な後悔に苛まれる。
万が一にも狭山の身に危険が及ぶようなことがあれば、それは間違いなく自分の責任だ。
だが予想が正しければ、確かに感じた気配は今回の件に関わりがあり、わざわざ此方から出向かずとも相手からやって来てくれたことになる。
狙いは自分であり、手の届く範囲で過ごしている獲物を差し置いて、何ら関係のない狭山を狙うことは今回に限ってはないだろう。
だが皆無とは言えず、これから先に何があるとも分からないが、今は目先の現実を見つめるべきだ。
それにもし、万が一にでも彼の身に危険が迫るようなことがあれば、今度こそ何としてでも間に合ってみせる。守ってみせる。
どれだけ傷付こうとも、踏みにじられようとも、これ以上大切な存在が惨い仕打ちに晒されることに比べれば安いものだ。
もう、誰かが傷付く姿は見たくない。
この手で必ず守ってみせる。
「おい、真宮」
「あ?」
「お前……、大丈夫なのか?」
此処では有力な手掛かりを得られないと分かっていながらも、店を出る直前まで目立たない程度に視線をさ迷わせ、確かに居たのであろう何者かの痕跡を辿ろうとしていた。
狭山と店を後にし、前に立って地上への階段を上っていると、不意に声を掛けられて足を止める。
振り返れば、心配そうに此方を何段か下から見上げている視線と交わり、真剣な表情を浮かべて返答を待っている。
「な~にシケたツラしてんだよ。俺は大丈夫だ。テメエに心配されるなんて恥だな」
「素直に嬉しいありがとうって言えよ。可愛くねえぞ」
「可愛くてたまるかっつんだよ、バーカ」
「ホ~ント可愛くねえ」
「しつけえぞコラ」
歩みを再開し、地上へと出れば次いで狭山も追い付き、昼間よりも肌寒く感じられる風が身体を通り過ぎていく。
暗幕を下ろした空は果てしなき闇を纏 い、高潔な月もなりを潜めて気配を隠し、未だ眠らぬ街は喧騒と共に目映いばかりの彩りを放って息をし続けている。
様々な人が傍らを過ぎ行き、歩道の端から往来する自動車を見つめてタクシーを待ち、程無くして目当ての存在が走ってきていることに気が付く。
運良く空車であり、路肩に出て分かりやすいよう手を上げると、緩やかに進路を変更して目の前へとタクシーが停車する。
「お前は……?」
「俺はまだやることがある」
後部座席の扉が開き、半ば押し込むように狭山の背へと触れ、彼は奥に腰を落ち着かせる。
それは次いで乗車する者がいたからこその行動であったが、いつまでも後に続かないことに気が付いて視線を寄越し、何かしら察していながらも声を掛けてくる。
努めて平静を装い、出来るだけ笑みを崩さず、余計な心配を掛けないように気を遣いながら顔を覗かせ、薄暗い車内で言葉を選んでいる青年を見つめる。
「……気を付けろよ。お前は無茶ばっかりするからな」
「おう。またな」
本当はもっと、他に言いたいことがあったのだろう。
しかしそれらを呑み込んで無理に詳細を聞こうとはせず、それでも心配そうな表情は隠そうともせずに送り出してくれる。
気を遣わせてしまって申し訳ないが、このまま同じ時を過ごさせているわけにはいかず、今は一刻も早く自分から遠ざけることが何よりも大切なのだ。
事が片付いたら今度はゆっくり話をしようと胸に秘めながら、静かに身を離すと後部座席の扉が閉まり、次いで緩やかに過ぎ行く交通の流れへと同化していき、徐々に小さくなっていく姿を見送る。
思い詰めたような表情を浮かべていた自分には気付かず、やがて完全に狭山を乗せたタクシーが見えなくなると、一変して眼光鋭く足を踏み出して場から立ち去る。
喧騒に紛れ、暫くは当てもなく歩きながら、見えぬ後方へと意識を傾けて気配を探る。
「……一人じゃねえな」
一時は掻き消え、なりを潜めていた何者かの気配が、狭山を見送って歩き出してから密やかに主張を始め、それが複数であることに徐々に気が付いていく。
中でも一人、気配を隠そうともせず挑発するかのように後をつけている者がおり、神経を逆撫でする行為に苛立ちを募らせながらも、気取られぬように何でもないふうを装って歩を進める。
他にも向けられる気配はあるものの、道行く人波に紛れながら己を押し殺しており、一定の距離を保って静かに後ろをついて来ている。
此処では場所が悪い、どうせ初めから拳を交えようと後をつけているのだろうし、此方も尻尾を巻いて逃げるつもりもなければ、自ら飛び込んできた愚かな者共を逃がす理由もない。
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