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邂逅
暫くは当てもなく彷徨い、途切れることなく纏 わりついている気配を感じながら、徐々に人気のない場所へと誘導していく。
呑み込まれそうな程に深い闇が、天上を覆い尽くして神秘なる月の輝きを阻み、冷めた風が無関心に肌を撫でている。
一定の距離を置いて連なる街灯を頼りに、未だ眠りに就きそうもない喧騒から少しずつ離れ、辺りへと静けさが顔を覗かせ始める。
道行く者も格段に減り、静寂で充たされる程にいつ襲い掛かってくるとも知れず、後方への警戒は怠らずに歩みを進めていく。
大通りに面した道から逸れ、裏道に進入しても尚付き纏う気配を感じながら、前を見据えてそれでいいと小さく呟く。
相変わらず靴音を響かせ、いつまでも逃れるように歩き続ける此の身を挑発し、自らの存在を隠そうともしていない何者かの気配を察しながら、まだ牙を剥く時ではないと心を落ち着かせる。
正確な人数は把握出来ないが、一人でないことは確かであり、神経を逆撫でする追跡者とは違って気配を押し殺し、影のように息を潜めてついてきている。
恐らくこの者達は、痛め付けられた鳴瀬と関わりを持っており、此方が諸悪の根源を追い求めていることを知っているのであろう。
そろそろ目障りに思えてきたのか定かではないが、的を絞って後をついてきている事実だけで十分であり、此の身を潰そうと目論んでいることだけは明白なのだ。
わざわざ向こうから飛び込んで来てくれるとは好都合であり、やがて立ち並ぶ雑居ビルの間に工事中であろう場所を見つけ、周囲から身を隠せることから近付いて眺めていく。
外から内部は窺えず、己の身長よりも高く囲いが並んでおり、それでも出入口であろう箇所に辿り着けば隙間があり、触れれば易々と道が開かれる。
自ら入ろうという物好きなどそうそういないにしても、もう少し警戒しろよと思いながらも中へと侵入し、足元に注意しながら歩いていく。
濃密な夜の空気に支配され、その日の作業をとうに終えているのか、はたまた暫くほったらかしにされているのか人の気配は無く、トンネルのように組み上げられた足場を抜け、小石混じりの土を踏みつけて奥へ進むと開けた空間に出る。
着工してからまだ間もないのか、外観からは想像も出来なかったがらんどうさに少々拍子抜けするも、動きやすくていいと思い直して歩みを進める。
月光の助力は借りられず、周りをよく見通せず不利な状況だが、それは相手方も同じだ。
周囲を塀に囲まれ、犇 めき合うように取り囲む建物の群れから漏れる淡い灯だけが頼りであり、勝敗を決する鍵にもなる。
「今更なに隠れてんだ。いい加減出てこいよ」
立ち入ってからというもの、それまで嫌という程に感じていた気配が急に弱まり、それでも近くに身を潜ませていることだけは間違いなく、来た道を振り返って呼び掛ける。
暫くは応答が無く、つまらなさそうに溜め息を吐きながら煙草を取り出し、咥えてから火を点けて一服する。
そして不意に、仲間達のことが気に掛かって身を案じるも、今はまだどうしようもなく何処へ駆け付けることも出来ない。
単独行動は控えろと釘を刺しており、そう簡単に捩じ伏せられるようなやわな人間もいないので、滅多なことにはならないと思いたい。
仲間には誰かと行動を共にしろと言っておいて、自分は思いきり単独で歩き回っていたわけだが、その辺は文句を言われたら黙らせるので然して問題ない。
夜風に紫煙が流れ、儚げに消えていく様を見つめながら、ナキツや有仁はどうしているだろうかと気に掛ける。
差をつけるつもりはないし、一人一人が本当に大切な仲間なのだが、やはり彼等と過ごしている時間が長いだけに思うことも多く、一番勝手をする自分を棚に上げて無茶をしていなければいいがと静かに思案する。
先ほど別れた狭山の足取りも気に掛かり、ナキツや有仁よりは格段に危機からは遠退いているとは思うものの、やはり心配である。
片っ端から連絡を取りたい衝動を抑え込み、ようやく暗闇から這い出てきた気配を察知して視線を注ぎ、目を細めて姿態を脳裏に焼き付ける。
「なんだ。そんな人数で大丈夫か?」
佇んでいる前へと現れたのは、一様に黒のパーカーを着込んでいる三名の何者かであり、一言も発さず横並びに立っている。
フードを目深に被り、舞台の現状も相俟って顔を見ることは出来ず、影のように暗く闇に同化している人物達と対峙する。
実力は如何程 か不明であるものの、もう少し人数がいるかと思っていただけに少々がっかりしてしまい、追い込まれているはずの者とは思えない言葉を紡ぐ。
「お前らなんかで満足させられんのか? ただでさえ最近溜まってんだ。半端なことすっと怒るぞ」
咥えていた煙草を手にし、紫煙を燻らせながら言葉を掛けるも、複数居るというのに誰からも特に返答はない。
つまらねえ奴等だなと半ばうんざりしつつ、会話を求めるだけ無駄なことであると察し、ならば早いところ片付けてしまおうという結論に達する。
か細い火を灯している煙草を地へと下ろし、靴の裏で揉み消して息を吐き、闇に紛れやすい黒を着込んでいる者達を見つめる。
「遠慮しねえでかかってこいよ。まとめて来い。俺と遊びてえんだろ?」
言いながら笑みを浮かべ、今にも飛び掛かってきそうな者共の気配を肌で感じつつ、一挙手一投足も見逃さない。
互いに出方を窺い、貫くような静寂に一帯を支配されていると、敵陣の背後に突如として動きがある。
すぐにも視線を向けると、まだ隠れている者がいたようであり、闇から出てきた人物をまじまじと見つめて探ろうとする。
眼前にて並ぶ彼等とは少々異なり、後方で佇む人物は濡羽色のロングコートを着ていてやはりフードを被っており、そうまでして正体を明かしたくないのかと呆れてくる。
その者は姿こそ見せたものの、今のところ戦いに身を投じるつもりはないらしく、地上から伸びている幾つもの支柱へと背を預け、口元にはうっすらと笑みを浮かべているようにも思える。
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