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邂逅
「……テメエか」
上着の物入れへと両手を収め、不遜な態度で此方へと視線を向けているのであろう人物を見て、道中ずっと挑発してきていた者が誰であったかを理解する。
コイツだな……、俺を苛立たせて楽しんでやがったのは……。
初めは先に姿を現した者共のどれかだと思っていたが、今はそうではないと確信出来る。
一人だけ明らかに異質な雰囲気を醸し、闇に紛れながら値踏みするように視線を這わせられ、何をされているわけでもないというのに苛々してきてしまう。
「テメエは高みの見物か? 随分と偉そうなご身分だな」
言葉を掛けても当たり前のように応答はなく、勝手にしろよと思いながら目前の者達に再び意識を集中させる。
詳細は窺えないものの、全員が男であることは明らかであり、体格は様々とはいえ喧嘩慣れしているであろうことが分かる。
個々の実力は不明、束になって襲い掛かられれば不利になるかもしれない。
それでも、ぞくぞくと背筋を駆け巡る感覚には恐怖の色は微塵も無く、寧ろ楽しくて仕方がないとでもいうように自然と唇には笑みが刻まれる。
無益な争いは良しとしないながらも、拳を交えることが嫌いなわけではなく、内側にて存在する獣のように獰猛で荒々しい己は、窮地に立つ程のスリルを求めて血生臭い暴力を欲しており、常に渇き飢えている。
鎖を引きちぎらんばかりの勢いで、内なる獣がようやく餌にありつけると涎を垂らしながら捕食態勢に入り、どれから喰い破ってやろうかと嬲るように選別している。
色気を孕む笑みを浮かべ、不意に視線を逸らせば一斉に佇んでいた者共が駆け出し、場は一気に荒々しく変貌を遂げていく。
自然と構えて待つと、速度を増して猛然と間を詰めてくる者の内一人が、走りながら体勢を低くして勢いよく体当たりし、がっちりと左腕を巻き込んで腰に腕を回してきたかと思えば、一方の手で右腕を掴まれてその場から動けないようにしてくる。
予期せぬ出来事に一瞬思考を奪われるも、視線を上げれば後続の者が目前へと迫っており、軽やかな身のこなしで顔面を狙って飛び蹴りを仕掛けてくる。
両の腕を封じられ、押さえ付けられている為にその場から動くことは出来ず、黒衣の討伐者が右足を思い切り上げて攻撃を仕掛けている。
頭で考えるよりも先に身体が動き、下腹部へと纏わりついている輩の顔面目掛けて力一杯に膝を叩き込んでやると、低くうめき声を上げながら上体を仰け反らせて鼻血を垂らし、その身体が盾となって飛び蹴りを受け止める。
仲間に蹴られた哀れな者が倒れてくるのを避け、ハッとした表情を口元に浮かべながらもどうにもならずに片足を付き、体勢が整わぬ青年の顔面へと冷静に拳を叩き入れて地へと転ばせる。
視界の奥では微動だにせず此方を眺めている人物が居り、テメエは何様だと舌打ち混じりに次の相手を睨み、間髪入れずに叩き込まれる拳を即座に腕を上げて防御する。
それを見越してか脇腹へと瞬時に蹴りを入れられて反応する前に、もう一段高く掲げられた足が頬へと当たり、体勢を崩すもすぐに整えて次なる手を見極めんとする。
油断は命取りであり、鈍く痛みを訴えている頬が何よりの証拠であるが、少々苦戦出来るくらいが丁度良いと思えるし、簡単に終わってしまっては身体が疼いたままでつまらない。
間髪入れずに詰め寄られて拳を繰り出し、真っ向から視線を逸らさず直前で避けて腕へと触れ、くるりと身を回転させながら思い切り後頭部へと肘を打ち込んでやる。
鈍い音と共に身体をふらつかせ、前のめりに倒れ込もうとしている男の衣服を乱暴に掴み、フードを脱がせて顔を確認する。
「知らねえ顔だな……」
ある程度予想はついていたものの、やはり顔を見ても記憶になく、漆黒で揃えられた集団に思い浮かべるような心当たりもない。
コイツらは……、一体なんだ……?
鳴瀬を追い詰めた者共に関係があると思いながらも、正体が明かされないままではスッキリせず、意識を混濁させている青年を見つめながら考え込む。
そうして不意に、ある変化に気付いてバッと顔を上げて見つめた先にはじっと佇んでいた青年の姿が見えず、油断して物思いに耽ってしまった己を叱咤しながら視線を彷徨わせ、何処行きやがったと苛立ちを募らせ目を凝らす。
「テメッ……!」
不穏な気配を察して顔を向ければ迫られており、弱っている者を咄嗟に投げ捨てながら口を開くも、構わずに先ほど相手にしていた者達などと比べ物にならない速さで風を切って蹴りを繰り出し、ギリギリのところで身を屈ませてなんとか避ける。
不意打ちの礼だと言わんばかりに動きを止めるべく、土を蹴って男の足目掛けてスライディングを仕掛ければ、彼はフードの端を摘まみながら即座に反応して後方へと宙返りし、驚きの表情を浮かべている目の前で綺麗に着地し、形の良い唇には楽しんでいるのか笑みが浮かんでいる。
「すばしっこい野郎だな……」
警戒を緩めず、視線を向けたまま身体を起こし、これは本腰を入れて臨まないと喰われかねないと身構える。
それでもどうしてか、より強い者と対峙している現実に喜んでいるのか、苛立ちはありながらもこの状況を楽しんでいる自分がいることは確かであり、唇には笑みが乗せられていた。
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