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邂逅
息も絶え絶えに、物騒な台詞を並べ立てたところで微塵も迫力はなく、いやらしげな戯れを押し退けることも出来ないまま、相当に無様で情けない姿を晒してしまっている。
これまでにも、背後を取られて同じような体勢に持ち込まれ、窮地に陥った出来事は幾度となくあった。
複数を相手にしていた時もあったが、その度に状況に応じた判断の下で難なく形勢逆転していたし、最終的には群がる者共を地へと這いつくばらせてきた。
脱する為の手段は幾らでもあり、弱点を攻められて実力を十二分に発揮出来ないとはいえども、手足が自由である限り大抵の危機は余裕を持って撥ね退けられた。
今回もありふれた状況の一つに過ぎず、いつもであればとうに戦況を覆している頃なのだけれど、そもそもこのような行為をしてくる者などこれまでには居らず、首筋を執拗に攻め立てられるなど有り得ない。
それだけに驚き、動揺していたのは確かなのだが、まるで首が感じやすいことを知っているかのような行為に、コイツは一体何者なのかと気になりつつも感じ入る身体を止められない。
淫らな愛撫は尚も続き、指の腹で押し潰すようにゆっくりと捏ね回し、時おり摘まんでは軽く引っ張られる。
抵抗出来ぬよう、執拗なまでに首筋へとしゃぶりつかれてすでに弱っており、しつこく弄ばれた乳首は罪深く熱情を孕み、いつしかぷくりと起立している。
快感に弱く、敏感に仕立てられていく身体が、僅かな刺激でもたまらないと咽び泣く。
耳へと舌を這わせられ、息を吹き掛けられてびくりと身体を震わし、切ない吐息が堪えても唇から溢れ出す。
このままではいけないと焦りを募らせ、好き放題に弄られている現状を打破すべく思考を巡らせるも、凶悪としか言い様のない快楽を与えられ続けて妙案など浮かぶはずもない。
苦しげに、けれども色気を孕む吐息を漏らし、力なく黒衣の青年へと身を預けてしまいながら、縋 るように弱々しく腕を掴む。
すると、これまでずっと胸を弄んでいた手がスッと離れていき、指先を滑らせながら段々と下腹部に下りていく。
「んっ……、ハァッ、あ、いい加減に、しやがれっ……。こ、の変態ヤロォッ……」
ベルトに触れられ、次に何をしようとしているのかをなんとなく察してしまい、これ以上奴の好きにさせてたまるかと渾身の力を込め、背後にて立つ男の顔を殴ってやろうと画策する。
けれども不穏な気配はすぐにも気付かれ、見えないながらも勢いよく拳を繰り出すも当てられず、ベルトを外そうとしていた手に腕を掴まれると、一撃も入れられないまま動きを封じられてしまう。
手首を強く掴まれ、それでもありったけの力を込めて前進しようとするも、それ以上距離を狭めることが出来ない。
悔しくて仕方がないという表情を見せ、不意に視線を下ろせば未だ手首を握り締められている様が映り込み、情欲を滲ませ始めている瞳があるものを捉えて唇が開かれる。
「はぁっ……、そ、の……、指輪……」
殆ど無意識に紡がれた言葉であったが、途端に指輪が嵌められている左手が離れ、首の拘束を唐突に解かれると共に強く背中を押され、よろめきながらもなんとか体勢を立て直しつつ振り向けば、鋭い回し蹴りを放たれてすんでのところで回避する。
しかし後方へと傾いた身体を引っ張り上げられず、無様に転ぶ展開からは逃れるも片膝をつき、未だ熱を孕む呼吸を乱しながら視線を向けると、少し先で目深にフードを被っている青年が佇んでいる。
自然と視線は左手へと注がれ、薄暗さも相俟って細部まで詳しく見ることは出来ないが、とてつもなく嫌な予感がしてドクドクと鼓動が激しく脈を打ち始める。
なんてことはない、何処にでもあるただの指輪だと頭では分かっているはずなのに何故だか視線を逸らせず、そのものが気になって仕方がない。
「お前は……」
動揺を隠しきれず、やっとの思いで紡いだ言葉は風に流れ、彼は何も言わずにその場で暫く佇んだ後、うっすらと口元に笑みを浮かべて足を踏み出していく。
傍らを通り過ぎても動けず、未だ落ち着かぬ息を整えながら混乱ばかりが募っていき、気を抜くと思い描こうとしてしまう人物を必死に払い除け、つい先程まで絡み付いていた熱情が一気に凍り付いていく。
「そんなわけ……、ねえよな」
言い聞かせるように呟き、今しがた彼が佇んでいた場所をぼんやりと見つめながら、身体をふらつかせて力なく立ち上がる。
どう考えても一致しない、あまりにも違い過ぎている。
これは何かの間違いだ、そうであるはずがないのだと思い込ませても、必死さに空しさが募るばかりであった。
似たような指輪など幾らでもあり、たまたま目についただけで決め付けるにはまだ早く、なんの確証も得ていない。
そうではない可能性のほうが高いと、冷静さを欠いた思考で懸命に考えるも、嫌な予感に背後から抱き込まれて鼓動が荒れ狂う。
同時に、あの時はピンとこなかった言葉の数々が思い出され、唐突に色味を帯びて脳裏を縦横無尽に駆け巡っていく。
どうしてこのタイミングで、柔らかな雰囲気を湛えた彼との会話を思い浮かべてしまうのだろう。
到底無関係であるはずなのに、何故だか彼を黒衣の青年と結び付けてしまう自分がいて、愚かな解答を力ずくで捩じ伏せる。
信じるには、否定するには、あまりにも彼にまつわる確かな情報が少ないと分かりきっているのに、いつまでも気付かないふりをしようとしている。
認めてしまえば、全てが瓦解してしまうような寒気を覚える。
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