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邂逅

「う、うぅっ……」 身動き一つ取れず、暫くは何も考えられないまま立ち尽くしていると、何処からか呻き声が聞こえて視線を向ける。 地へと沈ませられていた者共の内、どうやら一人が意識を取り戻したようであり、苦しそうにくぐもった声を上げながら手足を引き摺っている。 無言で足を踏み出し、時おりジャリと小石が鳴る音を耳にしつつ、弱っている男の傍らへと腰を下ろして片膝をつく。 そして胸ぐらを掴み上げ、邪魔なフードを乱雑に取り払ってから見下ろすと、夢うつつをさ迷っていた双眸が此方へと向けられる。 「テメエらは何もんだ」 努めて平静を装い、血で汚れている青年の顔を見つめながら、彼等の正体をはっきりさせようとする。 聞かずとも、一連の出来事を思えば容易く候補を挙げられるのだが、本人達の口から紡がせることに意味があり、知ってしまえばもう後には引けなくなる。 「う……、ヴェルフェ……」 男は視線を逸らし、正体を明かすことに抵抗していたのだが、やがてどうにもならないと諦めたのか、小さく核心を紡いでくる。 やはりヴェルフェが自分を狙い、恐らくはチームの面々にも魔の手が迫り、行く手を阻んで実力行使をしてきていた。 ヒズルがヴェルフェに属していることを知り、より明確な意思を持って彼等を追い掛けてきた結果、図らずとも向こうから会いにやってきた。 鳴瀬の件に関与して、共に手掛かりを追い求めてきた協力者達が、何者かの襲撃に遭って肉体的にも精神的にも追い詰められ、苦痛を強いられた出来事を思い返す。 全ての現場を目の当たりにしたわけではないが、完膚なきまでに痛め付けられた者達を思い浮かべるだけで胸が締め付けられる。 当の本人達は彼等のことなど気にもしておらず、初めからディアルを狙いながらもついでと言わんばかりに方々を荒らし、気まぐれに責苦を与えては楽しんでいる。 きっと今夜も何処かでまた、新たな犠牲者を餌に自陣を誘き寄せ、反応を窺いながら面白がっているのかと思うと胸糞が悪い。 「ディアルと遊びてえなら、初めっから正面きって来いよ。めんどくせえ奴等だな」 どのような手段を用い、どのような輩が襲い掛かってこようとも、逃げも隠れもしない。 回りくどいことをしなくても、真っ向から喜んで相手になってやるし、喧嘩を売られて縮み上がるような人間などチームには誰一人として存在していない。 けれども随分と性根の腐った連中で溢れ返っているのか、自陣を避けるようにして各地で暴れまわり、負の感情を刻み込ませながら気が付けばゆっくりと包囲されていた。 「一連の騒動はテメエらの仕業か。鳴瀬を追い込んだのも……、お前らなのか?」 否定もしなければ、肯定もしないヴェルフェの青年は視線を逸らし、問い掛けに答えずにばつの悪い表情を浮かべている。 生憎、残りの二人は未だ夢の中をさ迷っているようであり、一人で乗り切らなくてはいけない彼の瞳には動揺が窺え、どのような言動をするべきか悩んでいる様子であった。 だがそんなことはお構いなしに襟首を締め上げ、一方の手を額に宛がうとぐぐと力を込め、頭部を掴むようにして容赦なく苦痛を与えていく。 「う、ぐっ……」 指の腹でこめかみを押さえ付けられ、抵抗を試みるも力なく、苦しげに喘ぎながらも耐え忍んでいる姿が映り込む。 「判断を誤るなよ。置かれてる立場を考えろ。言われなくたって分かるよな? これ以上煩わせるな」 ぐいと引き寄せ、ヴェルフェのメンバーである青年の耳元へと唇を近付け、一言一句丁寧に囁きながら抗う意思を奪い去り、余計な企みを謀らせないようにする。 有無を言わさぬ冷たさを孕みながらも、低く漏らされた声には色艶が含まれており、甘やかな毒のようにじわじわと青年から反抗心を取り上げ、研ぎ澄まされた牙をいとも容易くへし折っていく。 「鳴瀬、さんは……、俺達が……、つ、ぶしました……」 「さっきまでお前らと一緒にいた、あの男は誰だ」 「アタマ、です」 「なに……? 鳴瀬はもう用済みってわけかよ」 鳴瀬を奈落へと陥れた者共の正体をようやく渦中の人物から吐かせることが出来たのだが、怒りに任せて滅茶苦茶に殴り付けてやりたい衝動を押さえ込んで、気分は最悪であったが会話を続けていく。 この者達とは明らかに異なり、実力共に格上であろう黒衣の青年へと話題が及ぶと、途端に歯切れ悪く言葉を選んでいる様子が窺える。 「アイツは誰だ。テメエらみてェな下っ端でも、名前くらいは知ってんだろ」 「……い、言えません」 「言ったよな……? 煩わせるなって」 「うっ……! それだけはっ……、死んでも、い、えねえっ……。ぐっ」 更なる力を注いでも、青年はもがきながらも口を噤んでおり、どのような脅しにも決して屈することはないのであろう。 責苦を与えたところで、万が一にも吐露すればもっと辛い仕置きが待っているとでもいうのか、彼は頑なに黒衣の青年の名を紡ぐことを拒んでいる。 無理矢理に吐かせずとも、もう知っているだろう。 頭の片隅から囁いてくる声を振り払い、頑として口を割ろうとしないヴェルフェの青年に苛立ちを募らせながらも、心の何処かでは少なからず安心している自分がいる。 まだ、そうと決まったわけではないのだと思えて、先送りにしているだけだと本当は気付いていながらも、見知った名が出てこないことに胸を撫で下ろしている。 時間の問題であり、目を背けているだけだと分かっている。分かっているのだ。 だが、未だ混乱から脱け出せないでいる思考では受け止めきれず、気が付けなかった自分が、安易に警戒を解いてしまっていた自分が許せない。 それと同時に、まだ信じたいとも思っている。 にっちもさっちもいかず、押し問答を繰り返している頭の中は爆発寸前であり、苛立ちばかりを此の身に降り積もらせていく。 眼下の男は苦しげな声を漏らし、黒衣の男の詳細については一向に唇を開く気配がない。 ずっと身を潜ませていた月が、今になって時おり顔を覗かせて下界を見遣り、黙して語らず静かに夜空を彩っている。 それでも風はいつまでも冷たく、突き放すように、嘲るように此の身を何度も通り過ぎていく。 思考の絡まりは解けず、この男をこれ以上尋問したところで埒が明かないと思うも、なかなか次の行動にも移れずにとどまってしまう。

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