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邂逅
尚も青年は苦しそうに呻き、痛みから逃れようと手首を掴まれるも、状況を変えられる程の力は込められていない。
すでに弱りきり、力量の差をまざまざと見せつけられていることもあり、手負いの者には抗う術などとうに残されていなかった。
しかし口だけは割らず、強情な男に更なる鉄槌を下せばまた違ってくるかもしれないが、そこまで非情に徹する気にもなれないでいる。
一帯を取り囲むように聳 え立つ建物からの灯が、殺伐とした光景を淡くひっそりと彩っており、他に人の気配はまるでない。
身を横たえさせている二名の刺客は、未だ夢うつつをさ迷っているのか身動き一つせず、研ぎ澄まされた夜の一時に晒されている。
今も本当に意識を失っているのかは確かめてみないと分からないが、そこまでしたところで結果が変わるわけでもないであろうし、眼下で苦悶の表情を浮かべている青年だけで全てが事足りる。
恐らくは、いや確実に叩き起こして情報を得ようと躍起になったところで、この男と同様に語ることを拒むのであろう。
きっとどれだけ脅しても、出来うる限りの痛みを与えようとも、それ以上の絶望が先に待っているとでも言うのか、どうあっても核心に触れる言葉は紡いでくれないのだろう。
「お前らの新しい飼い主は……、随分と怖い奴みてえだな」
明確な返答を得られずとも、そうであろうことがひしひしと伝わり、圧倒的な力により彼等を掌握している。
決して少なくはない人員を、この短期間で意のままに操れる人物とは、一体どのような男なのだろう。
きっとまだ、自分の知り得ない一面がある。
こうなってしまっては、臆せず踏み込んでいかないことには何処にも辿り着けはしない。
「鳴瀬の何が気に入らなかったんだ。お前らには……、情ってもんがねえのか?」
力なく添えられていた手を振り払い、両手で胸ぐらを掴んで引き寄せると、腹の底から湧き上がる怒りを抑え込みながら唇を開く。
様々な想いが駆け巡り、目前で痛々しい姿を晒していた鳴瀬のことが脳裏を過り、沸々と煮えたぎる憤りを静める術が見つからない。
この男だけではないと頭では分かっていたが、この男も加担したという事実に間違いはなく、それだけで暴走してしまいそうなくらい苛立ちが途切れることなく募っていく。
アイツが一体何をした……、あそこまでされなきゃなんねえようなことをアイツがしたっていうのか……!
落ち着け、抑えろと自分自身に言い聞かせてもなかなか興奮冷めやらず、次から次へと鳴瀬にまつわる記憶が呼び覚まされ、此の身を酷く傷付けながら憎しみだけを増大させていく。
「アイツは……、鳴瀬は……、テメエらみてェなクソ野郎どもには勿体ねえ男だ……。今後アイツに指一本でも触れてみろ。その時は……、二度と見れねえツラにしてやる」
今にも震えだしそうな青年を突き放し、彼は為す術もなく地へと転がされ、とうに戦意を失っている身からは何も生み出されない。
このような下っ端に当たり散らしたところで意味は無く、忠実なる手駒として動いていたに過ぎない兵を一人叩いても何にもならず、これでは単なる八つ当たりにしかならない。
肥大するばかりの怒りは取っておけと、懸命に己へと言い聞かせながら青年を解放し、行く当てもないままにゆっくりと立ち上がって息を吐く。
とりあえずは、何か行動を起こさねば見つかるものも見つからないし、いつまでも此処で埒の明かない問答を繰り広げているわけにはいかない。
しかし何処へ向かえばいいのだろうかと、黒衣の青年の姿を思い浮かべつつ足を踏み出し、いつからか時を止めている工事現場を後にしようとする。
急に衣服の乱れがないか気に掛かり、今更ながら指を這わせて変に捲れていたりしないか探り、特におかしな要素は見つからなかった為に安堵する。
気色悪いに決まっているが、易々とは引き剥がせない感覚を未だに身体が覚えていて、冗談じゃねえと不機嫌そうに首筋を擦る。
たった一度だけ、耳元で囁かれた妙に色艶を含む台詞を反芻し、今となってもやはり銀髪の青年とは結び付けられずにいる。
自分が知っている彼の言動からは程遠く、一体誰が同一人物であると確信をもって断言出来るだろう。
少なくとも今はまだ迷いがあり、そう簡単に踏ん切りをつけられないでいる。
だからこそ、もう一度彼と顔を合わせなければならず、気は進まなくともやるしかない。
それが一番の近道であるのだから。
「く……、待て……」
振り出しと変わんねえなと頭を掻くも、もしかしたらまだ近くに潜んでいるかもしれず、足早に立ち去ろうとしていたところを呼び止められる。
振り返れば先程の青年が横たわりながらも視線を向け、何か言いたそうに唇を開いている。
「ンだよ。しょうもねえ理由で呼び止めたんなら承知しねえぞ」
面倒臭そうに悪態をつけば、青年は躊躇 うように間を空けながらも何事か紡ぎ始め、その内容は予想外のことであった。
「いるか、わかんねえけど……。もしかしたら……、クラブに戻ってるかも……」
「名前は?」
「ゾディック……」
「ゾディック、て……。ああ、あそこか。そんな遠くねえな」
一体どういう風の吹き回しだろうか。
途切れ途切れに紡ぎ出された情報によって、一気に次なる目的が形成されていく。
腹の底など探れやしないが、青年は言い終えると同時に天を仰いで黙り込み、さっさと行けとばかりに顔を背けている。
件の場所は此処から然して離れておらず、他に当てはないのだから元より向かうつもりであるが、信憑性は高そうだ。
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