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邂逅

「礼は言わねえぞ」 今も其処(そこ)に居るとは限らないが、行ってみる価値はあり、何より他に有力な手掛かりもない。 それと同時に、思い描いている人物と出会ってしまった時には、自分は一体どのような反応を示すのだろうと思う。 其処で顔を合わせてしまえばもう、いよいよ後戻りは出来なくなる。 何かと理由をつけて彼は無関係であると庇うことも、それを境に出来なくなる。 殆ど確信しているというのに、なかなか自分でも往生際が悪いとは感じている。 たった一時でも心を許し、会話を楽しんでいた事実は偽りだらけであったなど、あまりにも情けなくて受け入れられないだけなのかもしれない。 ジャリ、と小石混じりの土を踏みつけ、緩やかに流れていく風を感じながら、次なる目的地を目指して歩き出す。 頑として口を割らなかった青年から有力な情報を得られたが、恐れるべき存在の手掛かりを欠片でも指し示したことにより、今後彼の身へと良からぬものが降りかかるだろうか。 けれども今は構っていられず、そもそも同情の余地もなければ自業自得であると言い聞かせ、思考の果てへと力ずくで迷いを追いやっていく。 そうして不意に疼くような痛みが走り、そういえば一発貰っていたのだと頬へと触れ、刺激しない程度に指先で擦り傷をなぞってみる。 すっかり他に気を取られていた為に今まで忘れていたのだが、仄かに熱を持ってじんわりと痛む傷を撫で、目当ての人物を求めて工事現場を後にしていく。 来た道を戻るようにして歩き、静寂に包まれている通りを進んでいき、ヴェルフェの青年から教えられたクラブを目指して時を過ごす。 場所は分かっているものの、名前を知っている程度でこれまで立ち寄ったことはなく、自ら進んで混沌とした喧騒に紛れ込もうとはなかなか思わない。 もう少し落ち着いて過ごせる場所のほうが好みであり、こういう事態でもなければなかなか寄り付かない環境であると暢気に考えてしまう。 けれどもまさか、そのような世界に身を投じていたとは思わず、青年の口振りからするとよく姿を現しているようである。 好みは合わなさそうだなと考えつつ、(じき)に辿り着くであろう場所で再会を果たさねばならないというのに、会えても会えなくても気持ちは晴れないのだろう。 「ハァ……。静かになると余計なこと考えちまって駄目だな」 前髪を掻き上げ、足元を眺めながら溜め息を漏らし、誰に聞かせるわけでもなく言葉を紡ぐ。 あまり考え込むのは好きではないし、第一性に合わない。 立ち止まって頭を悩ませているくらいなら、さっさと行動してしまったほうがずっと気楽であり、確実に生き生きとしていられる。 しかし万が一にもそのような状況からは今のところ程遠く、努めて平静を装いながら深夜といえどもまだまだ眠る様子のない街中へと徐々に近付いていく。 まばらとは言え、尚も道行く人々は絶えずおり、視線を向ければタクシーばかりが行き交っている。 雑踏に紛れてしまえば、うるさくて仕方がない思考も多少はなりを潜めるであろうかと足早に進み、先程までとは状況が一変している道をひたすら歩んでいく。 尾行されていた時とは違って帰りは悠々自適なものであり、現況を鑑みれば最悪な方向へと転がってはいるものの、今この瞬間を取り巻く静けさだけは微かにでも此の身に平穏を与えてくれている。 次第に道が開けていき、電飾に彩られた街並みが視界へと滑り込み、あちらこちらで様々な人生が交錯している。 スーツ姿の男や、派手な装いで高飛車に歩く女など、見ていて飽きのこない連中ばかりが辺りをさ迷っており、限りある時間をそれぞれに謳歌している。 辺りを見渡しつつ、先程まで過ごしていた店の前を通り過ぎると、つい狭山を思い出してしまう。 しかし今は他にやるべきことがあると振り払い、少しばかり遠くに見える看板を目指して歩いていく。 眉根を寄せ、煌々と光を放つ目当ての羅列が次第にはっきりと見えていき、CLUB ZODICKと記されていることが容易に確認出来る。 立ち並ぶビルの一角に鎮座し、若者が多く出入りしている様子が窺え、闇夜など撥ね退けるほどの熱狂が箱の中では延々と繰り広げられている。 思い詰めたような表情をし、そのような自分には気付かないまま足を止めず、寡黙な月に見下ろされながらやがて件の場所へと辿り着く。 会わねばならない人物が中に居るとして、恐らく人で埋め尽くされているであろう薄闇の中をどう探ったものかと考えつつ、とりあえず立ち入ってみないことには何も始まらない。 雑念を振り払い、目の前のことだけに集中して、何ものも逃してたまるかという強い信念のもと、渦中へと身を投げ入れて人探しを始めるとする。 思考の整理なんて全く行き届いていないし、何故彼だけを探してこのようなところに来ているのかなど考えたくもない。 だが、此処で(きびす)を返すわけにはいかず、最早これは自分だけの問題ではない。 何故だ、何故だと何度黙らせても巡り行く思考に苛まれ、腹に響く重低音に身を委ねながらうねる人波を掻き分け、すでに難航を極めそうな捜索に奔走する。 明滅する色とりどりの光が乱舞し、音楽に合わせて髪を振り乱して踊り明かす人々を尻目に、薄暗い中で周囲の人物の顔を視界に収めていく。

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