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邂逅

俗世を忘れ、享楽へと身を投じて夢を見ている者共が、肢体に鞭打って一心不乱に踊り続けている。 浮世を離れ、誰もが恍惚とした表情で額に汗を滲ませており、あらゆる枷から解き放たれて皆生き生きと輝いている。 異質な空気で充たされ、異様な一体感に包み込まれている箱庭は熱く、狂ったように掻き鳴らされる重低音により更なる歓楽へと叩き落とされている。 腰をくねらせ、胸元を強調した露出の多い服装をした女が、人波を掻き分けている最中で擦り寄ってきたのをやんわりと引き離しつつ、結局のところ見知った顔には一人も辿り着けないでいる。 諦めるにはまだ早いが、がむしゃらに突き進んでいても効率が悪く、貴重な体力を無駄に消耗していくだけだ。 もう少しやり方を変えようと、辺りを見渡して全貌を視界に収められそうな場所を探し、やがて二階があるということに気付く。 あそこなら少しは落ち着いて見られそうだと思い、虹色が一帯を乱舞している箱庭から逃れ、五感が麻痺してしまいそうな独特の空間から這い出ようとする。 喧騒の中心部からなんとか脱け出し、ほんの僅かに人口密度が緩和され、つい先ほどまでに比べれば格段に行動しやすくなる。 真っ向から人波に突っ込んだのは間違いだったなと今更ながらに思いつつ、興奮冷めやらぬ獣達の宴を眺めながら手すりへと指を這わせ、階上に向かおうと振り向きかける。 「こんな所でどうしたの……? ディアルの真宮さん」 振り向こうとしたが叶わず、何者かに背後から抱き寄せられて身体が強張り、耳元へと艶をたっぷりと含んだ囁きがもたらされる。 手すりに触れていた手に指を這わせられ、撫でるように滑らせながら感触を楽しみ、体温を重ねられる。 「漸……」 「うん。よく分かったね……」 件の人物からやって来てくれたお陰で、これ以上の捜索をする手間が省けた。 同時に、もう引き返すことは出来なくなった。 元よりそんなつもりはないが、完膚無きまでに打ちのめされていたヴェルフェの面子は、疲弊しながらもきちんと真実を告げてくれていたようだ。 乱痴気騒ぎに興じているホールを見つめたまま、目当ての人物と出会えたことを良しとするも、此処で再会してしまった事実を受け入れたくない自分自身も存在している。 偶然が重なってしまっただけなのだと考えたいが、そのような偶々が今この瞬間に限って起こりうるはずもない。 決定的だ、奴は最初から俺の素性を知っていた上で近付いて、反応を楽しみながら観察していやがった。 こんなにも近くにいたのに、自らのこのこと眼前に現れてくれていたというのに、自分は一体何をやっていたのだろうかと情けなくて仕方がない。 根拠もないのにそうであるはずがないと思い込み、人の良さそうな上っ面だけを信じ込んでしまっていた愚か者だ。 だが、まだそうとは言いきれない、確実とは言えないというささやかな抗いを黙らせて、気持ちを落ち着かせようと静かに息を吐き出す。 「まさかこんな所で君に会えるなんて……、思ってもみなかったよ。誰かが引き合わせてくれたのかな……?」 「……気分転換だ。たまに発散しねえと、気が滅入っちまう」 「そう。確かにね」 考えすぎかもしれないが、探るように問われた言葉から事実を覆い隠し、あくまでも自分の意思でやって来たことを強調する。 何の義理もなければ、完全に自業自得であるのだから、ヴェルフェの面子が頭目(とうもく)の居場所を晒したと言ってやれば良いのだけれど、ついついお人好しにも庇うような真似をしてしまう。 尤も、こうすることで身の安全が保障されるとは到底思えないが、それでも少しはマシになるはずだと願ってやまない。 自発的に、気を紛らわせる為に此処へ来たのだと告げれば、少々間を空けてから漸が柔らかに言葉を紡いでくる。 「でも驚いたな……、今夜はどうして此処へ……? こんな時間に一人で出歩くなんて、君はとってもいけない子だね」 「お前はいいのかよ。俺からしてみれば、テメエが此処に居ることのほうが驚きだぜ」 「そうかな……? 僕も気分転換だよ。たまには背徳的な世界に身を置いて、思考を止めるのも悪くはない」 「そうかよ……。勝手にしろ。テメエが何処で何してようが、俺には関係ねえことだ」 「今夜は随分とご機嫌斜めだね。ああ、だから此処へ来たのか……。二階に上がって何をするつもりだったのかな?」 依然として重ねられている手を放置し、暗がりで背後から見目麗しい青年に抱き寄せられながら、至近距離で会話を続ける。 此方に構う者など居らず、ただでさえ薄暗い場内では視界も狭まり、光のあるダンスフロアにばかり誰もが意識を奪われている。 腰から下腹部へと腕を回され、感触に気が付いてから視線を下ろし、なんとはなしにその手を取ってしげしげと見つめてみる。 いつか目の当たりにした指輪が、今も変わらずに其処で堂々と鎮座しており、苦悩を嘲笑うかのように鈍く輝きを帯びている。 何も語らず、ぼんやりと突っ立ったまま時を過ごしていると、不意に耳元へと唇を下ろされてハッと我に返る。 「なんだか随分としおらしいんだね。そんなに手ばかり見つめてどうしたの? 指輪が気になる……?」 「お前は……、此処にはよく来るのか?」 「そうだね。会いたくなったらいつでもおいで。君なら大歓迎だよ」 「遠慮する……。俺はテメエなんかと馴れ合うつもりはねえ」 「どうして? それは此処へ来た本当の理由と関係があるのかな……?」 「ンだよ。何が言いてえ」 「そんなに警戒しないで……? 誰かお目当ての人物でもいるのかな? ずっと誰を探していたの……?」 「テメッ、いい加減離れろっ……」 離れようともがくも、回されていた手にぐっと抱き寄せられ、いとも容易く退路を絶たれてしまう。 全て分かっているかのような口振りで、色艶を湛えて発せられる台詞に鼓膜をくすぐられ、耳朶へと軽く歯を立てられる。 これでは思う壺だと気が付いても今更であり、完全に漸のペースに呑み込まれて翻弄され、一体自分が何の為に此処へ来たのかも分からなくなる。

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