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邂逅

「どうした。何を固まっている」 音を消していた為に、自ら携帯電話を取り出して見ない限り何にも気が付けず、案の定な格好悪い結果となってしまっている。 これでは携帯している意味が無く、このような事態に何をやっているのだろうかと情けなく思っていると、ヒズルに声を掛けられて意識を傾ける。 向かいから手元を覗き込まれ、思っていた通りの現状が転がっていることをすぐにも理解し、なんとなく満足そうにも窺える。 「これで俺の無実が証明されたようだな」 「うるせえ……。何が無実だ……、一番の罪には何も言うことはねえのかよ」 「鳴瀬のことか」 「他に何がある。テメエらに散々傷付けられて、アイツは今も目ェ覚ましてねえ……。どういうつもりか知らねえが、俺は絶対にお前らを許さねえっ……」 「そうか。お前が怒るのも無理はないな。すまなかった」 「なっ……」 無実という言葉に過敏に反応し、未だ眠りに就いているであろう鳴瀬の姿が脳裏をよぎり、ほんの僅かに和らいでいた空気が一気に硬度を増していく。 実のところなど分からないにしても、あそこまでの状態を強いられるような罪を犯してしまったとでもいうのだろうか、何故あんなにも傷付けられなければならないのだ。 これまで幾度となく湧いては駆け巡って行った想いがまたもや浮上し、カッと頭に血を上らせながら語気荒くヒズルを責め立てる。 表情一つ変えないくせに、男は軽々しく謝罪を口にして尚のこと腹が立ち、今にも殴りかかってしまいそうであった。 「信じてはもらえないだろうが、俺は鳴瀬を憎んではいなかった」 「ンな()(ごと)信じられるわけねえだろ!」 「ああ、分かっている。鳴瀬がヴェルフェに戻ることはないが、せめてこの先は静かに暮らしていけるといいな」 「テメエは何を他人事みてェにっ……!」 「いいのか? 俺をいつまでも相手にしていて。お前にはもっと他に、行くべきところがあるだろう」 自然と口調も荒くなり、どうしてこの男はこんなにも平然としていられるのだと憤るも、次いで掛けられた言葉を聞いて一瞬にして当初の目的を思い出す。 ヴェルフェの人間である以上、ヒズルを放っておくことは出来ないが、今はもっと他に優先させなければいけない事柄がある。 鳴瀬が受けた痛みをこの男にも分からせてやりたい、拳が潰れるまで殴り付けてやりたい。 だが、大いに鳴瀬の件に絡んでいることを察していながらも、今は見逃してやるしかないのだ。 「そろそろ行ってやれ。アイツは待たされるのが嫌いだ」 「うるせえな、黙ってろ。テメエに指図される筋合いなんかねえんだよ。言われなくても行ってやる!」 眼光鋭く睨み付け、手にしていた携帯電話を苛ついた様子でしまい込むと、一刻も早く離れたいとばかりにこの場から立ち去ろうとする。 「チームに連絡は入れなくていいのか?」 「テメエが気にするようなことじゃねえだろ」 「まあな。だが心配している」 「……いい。今入れたところで意味がねえ。……全部終わらせてからだ」 「そうか。それならもう、何を言うこともないな」 冷めているのかと思えば、時おり気遣うような言動をされて掴み所がなく、本当に何を考えているのか分からない男だと思う。 先程よりは幾分か冷静さを取り戻すも、沸々と苛立ちを募らせていることには変わりなく、ぶっきらぼうに返事をしながら真なる目的へと向かおうとする。 罪滅ぼしのつもりだろうか、いや、そのような感傷に浸るような心の持ち主ではない。 それではどうして手を差し伸べるような真似を気紛れにしてくるのかと思いながら、ふと足を止めてヒズルの顔をじっと見つめる。 怒りや憎しみという負の感情に駆られながらも、懸命に押し殺して頭を冷やそうとし、ぐっと拳を握り込む。 「なんで手ェ貸すような真似するんだ」 憤りを押さえ付けながら低く声を漏らし、眉を寄せて真っ向からヒズルと視線を通わせる。 当然の疑問であり、何か裏があるとしか思えないのだが、簡単に腹の底を探らせてはくれないのだろう。 「退屈が嫌いなだけだ」 そう言って傍らを通り過ぎ、後は振り返ることもなく階段を上がって徐々に遠ざかっていく。 結局いいように振り回された気もするが、最後まで勝手気儘(きまま)な言動をして去り行く後ろ姿は追わず、少しの間だけ背中を見つめていた。 そうして(きびす)を返して足早に歩き出すと、幾人(いくにん)もと擦れ違いながら出入口を目指し、すでに姿を見失っていた彼の行方を追い始める。 孕む怒りを出来るだけ静まらせて、我を見失うことだけは避けなければと意識し、何処に居ても人目を惹くであろう存在を求めて視線をさ迷わせる。 もう探し人の前では、愛想笑いすら出来る自信は無い。 内に獰猛な怒りを飼いながら、もうどんな顔をして彼の前へと出ればいいのかも分からないまま、感情を胸の奥に押し込めて足を進めていく。 異世界のような空間からやがて解き放たれ、冷ややかではあるが新鮮な外の空気が過ぎ行くのを感じ、思わず深呼吸をして空を見上げる。 気高くも美しい光を帯びて、世の営みを静かに見守る月の存在を捉え、そうしてすぐ側に彼が居ることも感じ取る。 それでも暫くは気持ちを落ち着かせるように荘厳(そうごん)な月を眺め、やがて覚悟を決めたのか気配を感じている方へと視線を向けてみると、白銀の髪を風に揺らす青年の姿が映り込む。 誰しもが心を奪われてしまうであろう美しく整った顔立ちには、初めて出会った時のように柔らかな微笑が浮かべられている。

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