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邂逅

「楽しかったなァ……、友達ごっこ。あ、ダチはキスしたりしねえか」 白銀の髪を風に揺らし、黒衣を身に纏う青年はさながら死に神のように闇を背負い、今にも鎌を振り下ろさんばかりに微笑を浮かべて佇んでいる。 漸の中では全てが遊びであり、紡いでいた言葉の数々は偽りだらけであったのだということを、これ以上無い程に分かりやすく示してくれている。 目前で薄ら笑いを浮かべている青年は、鳴瀬を奈落の底へと叩き落とすにふさわしい雰囲気を醸し出しており、今ならばこの男が諸悪の根源であると知ってもすぐさま納得出来ることであろう。 一体どういうつもりで近付き、何を考えているのかなんて皆目見当もつかなければ知りたくもないが、ただただ後押しする憎しみだけを抱いて眼光を鋭くし、より一層の憤怒を孕んで銀髪の青年と対峙する。 「お前が……、ヴェルフェシメてるんだってな」 「よくご存知で……。ようやく俺のことを認識して頂けたようで何より」 お伽噺(とぎばなし)にでも登場する王子のように、物腰柔らかな一礼は腹が立つくらいに自然であり、表向きの表情に一体どれだけの人間が騙されてきたのであろうかと、青年を睨み付けながらふと思う。 自分もその内の一人であると思うと情けないが、今やすっかり仮の姿など消え失せており、常しえの闇を背後に彼は静かに微笑んでいる。 罪などまるで感じていないかのように、鳴瀬を痛め付けたことすら忘れている様子に苛立ち、沸々と込み上げる怒りが思考へと覆い被さってくる。 コイツが……、鳴瀬を……。 「初めから分かってて、俺に近付いたな」 「実物がどんなものか見てみたかったから……。まさかあんな、その場しのぎの嘘に騙されてくれるとは思わなかったけど……? 純粋なんだね、見かけによらず」 「テメエッ……」 「ホント真宮ちゃんてお人好し。それでいて反吐が出るくらい退屈な奴。俺の侵入を簡単に許すお前に、一体何が守れるんだろうなァ……」 怖いくらいに穏やかな声を発していながら、紡がれる台詞は鋭利な刃のように此の身を引き裂いていき、傷付けても尚足りないとばかりに深く傷口を抉ってくる。 疑いもせず鵜呑みにし、探し求めている人物を前に笑う姿は、さぞや馬鹿らしく映っていたことだろう。 自分がもっとしっかりしていれば防げた事態に歯噛みし、楽しげに言葉の刃を降らせながら彼は微笑みを絶やさず佇んでいる。 「お前のことは、鳴瀬から聞いて知っていた。手ェ出すなって怒られちゃったよ。まあアイツは、今じゃお喋りも出来ずに眠ってるけど」 「テメエは……、どういうつもりでアイツをあんな目に遭わせた……。そんなにアタマ張りたかったのかよ」 「まさか。そんなくだらねえ事に興味ねえよ。そもそも此処に居るのは偶々だぜ……? 何も始めから鳴瀬の座が欲しかったわけじゃない。ただ……、何かと都合がいいんだよね。動きやすくて、便利なわけ」 「それだけの為に、アイツは……、テメエの気紛れに振り回されただけだってのか……」 「なんで、お前がそんな傷付いた顔するわけ? お前には何にも、痛いことしてないだろ……?」 最もらしい理由があれば、いや、例えあったとしても到底許されることではないし、納得も出来ないに決まっている。 けれどもそのような思惑など始めから微塵も無く、まだ何か譲れない思想の下でもたらされた行為であったほうが幾分かマシだったと、そう思わずにはいられない。 結局のところ、この男の気紛れによって鳴瀬は頂から引き摺り下ろされた挙げ句、二目と見られなくなるまで傷付けて弄ばれたのだ。 「テメエは……、俺が今まで出会ってきた奴等の中で一番のクズ野郎だ」 「そう。お礼言っておくべき……?」 「まだ早ェな。俺の気が済んでからにしろッ……」 「怖いなァ……。でも、スゲェやらしい顔するんだね……」 とにかく一発殴ってやらなければ気が済まないと拳を鳴らし、尚も笑みを湛えている男を睨み付ける。 ふざけたことをぬかされて苛立ちが増すも、そうやって相手の神経を逆撫でて冷静さを奪うつもりでいるのだと言い聞かせ、飄々として掴み所のない男と視線を交わらせる。 この男の実力なら、多少は知っている。 出で立ちからは想像も出来ない程に素早く、認めたくはないけれども恐ろしく強い。 だが、それがなんだというのだ。 ジリ、と小石混じりの地を踏み締めて、相手の出方を窺いながらも少しずつ近付いていく。 漸は相変わらず舐めるように視線を絡ませており、その場から動かずに距離が狭まっていくさまを楽しげに見つめている。 「勝ったら俺に何かくれる……?」 「安心しろ。万が一にもテメエが勝つことはねえよ」 「すごい自信だなァ……。確かにお前、強いもんね。でも……、お人好しな真宮ちゃんが俺に勝てるかな」 低く洩らされた声には色艶を孕み、特に身構えることもなく佇みながらも、見えない威圧感が抱き込むように覆い被さってくる。 見目麗しい容姿に酷薄な笑みを乗せ、誰のことも信用していない瞳は暗く、暗鬱とした情景を映し込んでは愉快そうに口角を釣り上げている。 闇に紛れるような装いで、何ものにも染められない漆黒を身に纏い、胸の内など微塵も見せずに嘲笑っている。 これ以上話をしたところで、彼の唇から反省の言葉は愚か真意など語られないに決まっている。 それならば少し、喋りやすくなるように口を割らせてやる。 「楽しみだなァ……。俺が勝ったら、なんでも言うこと聞いてね。真宮」 そう言って艶っぽく笑う彼には何も返さず、舐めた態度を叩きのめしてやるべく徐々に速度を増して歩み、漸との距離が確実に狭まっていく。 過る鳴瀬の姿を今だけは振り払い、拳を交える荒事に集中して相手が取るであろう行動を予測し、先の一戦を思い浮かべて素早さに警戒を深める。 話の続きは後から嫌と言う程に聞いてやる、今はコイツを……、その舐めた態度を叩きのめしてやることが先決だ。 喧騒から離れ、静まり返る一帯で視線を絡ませ合い、何が切欠になるかも分からないような張り詰めた空気の中で、互いの距離がある一線を越えた時、殆ど同時に身体が動いて一気に間合いを詰めていく。

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