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邂逅

拳を繰り出すよりも早く、向かって右側から素早い蹴りが襲い掛かり、瞬時に上体を後方へと反らしてやり過ごす。 形の良い唇に笑みを乗せ、回避されたにもかかわらず漸は楽しそうに目を細め、初手から次なる攻撃へと鮮やかに身を転じる。 すぐさま体勢を立て直し、初めの一撃から視線を逸らさず神経を研ぎ澄ませ、もう一度来ると察した瞬間には身体が動き出す。 避けた蹴りの勢いを殺さぬまま身体を一回転させ、鋭利な刃のように切れ味の良い一手が反対の足から風を切って繰り出されており、冷静に軌道を見極めてから身を反転させて避ける。 「へェ……、いい動き。喧嘩好きなんだ」 微笑を湛え、優しげな声色で思っていることを述べながら、間を置かず中段、下段と敏速で重たい一撃をテンポ良く繋いでくる。 中段には身を屈め、即座に体勢を整えて下段には片足を上げて避け、初めから見越していたのか一気に間合いを詰めてきた漸から顔面を狙われて肘が迫る。 「チッ……!」 咄嗟に前方へと頭を下げて回避するも、その先では膝が見透かしていたかのように迫って来ており、思わず舌打ちをしながら両の腕で押さえ込むも、衝撃を殺しきれずに上向かされた顔へと強烈な左拳が飛んでくる。 「くっ……!」 手痛い一撃に身体が傾くも、戦意は失われずに眼光鋭く睨み付け、漸の顎へと狙いを定めて拳を振り上げていく。 瞬間、すぐにも繰り出された左拳に気が付いて腕を引き、かつて目の当たりにした時のように後方へ宙返りして攻撃を避け、軽やかに着地して黒衣の青年が此方を見つめてくる。 「あ~あ……、真宮ちゃんの綺麗な顔に傷が付いちゃった。痛かった……?」 距離を置き、互いに次なる切欠を探り合いながら視線を交わらせ、漸が左手をひらひらと振って言葉を紡ぐ。 拳と共に、指に嵌められている指輪が容赦無く顔へと叩き込まれ、今では右の頬から口角にかけて擦りむいて血が滲んでいる。 「これで殴られたら痛そう、て言ってたよなァ……。どう? ご感想の程は」 気が付けば口内を切っており、血の混じる唾を吐き捨てて唇を手で拭い、相手を睨み付けたまま両の拳を構えて佇む。 「大したことねえな」 「強がりだなァ、真宮ちゃんは。それの何処が大したことないって言うわけ? 本当は痛くて仕方がないくせに、強情な奴。泣いてもいいんだよ?」 傷付けた張本人がにこりと微笑み、未だに何を考えているのか分からない銀髪の青年は、楽しげに言葉を紡いでいながらも瞳はずっと値踏みするかのように向けてきており、それがまた苛立ちを増幅させていく。 「でも……、な~んかお前、怪我してるほうがそそるな。もっと傷付けちゃおうか……?」 「一発当てたくらいで調子に乗るんじゃねえよ。くだらねえ余裕かましてる暇があんならさっさと来い」 「怒られちゃった。真宮ちゃんもそろそろ本気出したら? まさかそれで……、精一杯じゃねえよなァ……?」 「いちいち聞かなきゃわかんねえのか……? お前ホント見る目ねえな」 そう言って笑んだのを合図に再び間合いを詰め、どちらかを屈伏させるまで熾烈な争いは続いていく。 漸のペースに巻き込まれると、また先程のようになかなか抜け出せずに痛い攻撃を喰らう恐れがあり、それはなんとしてでも避けたいところではある。 だが、攻撃力が高い上に素早さまであってはなかなか思うようにいかず、漸の調子に呑まれることを阻止出来ても自分のペースに持ち込むまでには至らないでいる。 「なァ、真宮……。さっきはヒズルと何話してたの……?」 「テメ見てたのかよッ……」 「だって真宮ちゃん遅いんだもん。俺を待たせて他の男と話してるなんて悪い奴……」 「うるせえなっ! ンなに知りたきゃヒズルにでも聞け!」 「ハァ? なんでわざわざアイツに聞かなきゃなんねえの。真宮ちゃんてば鈍いんだなァ」 繰り出された拳を払い、再度間合いを詰めて突き出された肘を両腕で挟み込むようにして止め、即座に漸が身体を引き剥がしてくるりとその場で回転し、先程とは反対の肘を叩き込んでくる。 額へと喰らうも構わず、背中を向けている漸に腕を伸ばして掴み掛かり、目元を覆って髪を引っ張りながら後方に引き寄せる。 傾いた背中に膝蹴りをお見舞いし、視界を塞がれている漸からすぐさま両腕が伸ばされて首の後ろに回され、前のめりに晒された顔へと掲げられた膝頭が鈍く音を立ててぶつかってくる。 すぐにも互いの身体は離れ、また次なる動きを探るように距離が取られ、一瞬であったから良かったものの首を取られたことに内心で冷や汗を掻く。

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