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邂逅

「うっ……、ん」 微睡みをさ迷い、心地好い静寂に抱かれながら吐息を洩らし、靄のかかった意識へと徐々に彩りが添えられていく。 なに……、してたんだっけな……。 夢うつつを漂い、眠りに就く前のことをぼんやりと考え、未だに普段通りの思考を紡げないでいる。 うっすらと唇を開き、何を言うでもなく少しずつ目蓋を押し上げていくと、闇に閉ざされた景色だけが広がる。 まだ夜か……、と暢気に考えてしまう一方で、早く思い出さなければいけないという焦燥感が足元から這いずり、言い様のない不安へ沈み込ませようとしてくる。 自分は一体、何をやっていたのか。 幾ら夜と言えども、こんなにも辺りが見渡せず、暗く閉ざされているものなのか。 次第にはっきりとしていく意識が、何も見えないのはおかしいと告げている。 「ん……」 先程よりは意識が鮮明になり、いまいち状況は呑み込めていないもののとにかく起き上がろうと思い立ち、ベッドに横たわっているのであろう身体を起こそうとする。 「ん……? なんだ、これ……」 起こそうとしているのだが、思い通りに身体を動かすことが出来ず困惑し、よくよく考えてみるとどうやら後ろ手に拘束されているようである。 「なっ……、足もじゃねえか……。クソッ」 意思に反してとどまり続け、背中に回されている両の腕は何をすることも許されず、此の身を起こすという簡単な行為ですら阻んでいる。 思いもよらない事態に直面し、一気に覚醒して足を動かそうと試みるも案の定縛られているようであり、満足に暴れることも出来ないでいる。 そうして視界が広がらないのは、目隠しをされているからなのだとようやく理解し、蘇る記憶に沸々と怒りが込み上げてきて舌打ちする。 「くっ……、あの野郎……」 力任せに引き千切れないものかと考えても、ギリギリと食い込むように手首を締め上げられており、自力で自由を取り戻せるとは到底思えない。 せめて視界だけでもと身動ぎ、無駄な抵抗とも言える行動を取りながら、不自由な身体を揺らす度にスプリングが微かに軋みを上げている。 「起きてたんだ。おはよ、真宮」 どうにかして脱け出さなければと躍起になっていると、何処からか聞き覚えのある声に話し掛けられて動きを止め、すぐにも漸が居るのだと察して怒りが込み上げてくる。 ふざけた真似しやがって……。 「テメエッ……、なんのつもりだ。とっととほどけコラ」 「ほどいたら真宮ちゃん、逃げちゃうでしょ? せっかく捕まえたのに、そんな勿体無いこと出来ねえよ。逃げる気も失せるくらいとろけてきたら、ちゃんと外してあげるから……。だからもう少し、我慢しようね?」 「なに言ってんだ、テメエは……。わけの分からねえことばっか言いやがって……」 気配を感じ、微かに足音が聞こえてきたかと思えば立ち止まり、すぐ側に漸が腰を下ろしてマットレスが僅かに沈む。 この状況は、限りなく不味い。 視界を奪われ、手足を拘束され、完全に無力化された上で漸の前で身を横たえさせている。 あそこで一撃を受け、気を失ってしまった自分を呪うしかなく、このような事態になって一体どうやったら形勢を逆転出来るのかと頭が痛くなってくる。 目的は見えないが、恐らく此の身を痛め付けて遊ぶつもりでいるのだろうと思い、なんとしてでも隙を見付けて脱出しなければと考える。 絶望的な状況から逃れる術を考え、何処に居るかも分からないまま身体を投げ出していると、唐突に何かが触れてきて不意打ちに驚く。 「敏感なのは、目隠しされてるから……? 撫でられただけで感じちゃう?」 「ふざけんなテメエッ……」 「あ、そういえばお前さ」 腕を撫でられただけでびくりとし、見えない分いつもよりも過敏に反応を示してしまう。 何か雲行きがおかしいと思っても答えを導けず、予想している未来とは明らかに異なる方向へ進んでいる気がしても、それが一体なんなのかは分からないでいる。 漸の気配を感じながら、無駄な抵抗とは分かっていても少しでも遠ざかりたく、申し訳程度に身動いで距離を取ろうとする。 そんな中、漸が何事か言い掛けて一旦言葉を切り、突如として静けさが漂って一体なんなのだと思う。

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