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邂逅※

黙して語らず、微かに開かれている唇からは吐息を洩らし、少しずつ落ち着きを取り戻していく。 淡い照明に晒され、火照った身体へうっすらと滲んでいる汗が光り、えもいわれぬ色気を放っている。 相変わらず辺りの様子は窺えず、自分が今何処で何をさせられているのか最早知りたくもなく、疲労困憊の身をぐったりと横たわらせている。 足掻いたところで拘束からは逃れられず、容赦無く締め上げられる痛みだけを残されており、どのような状態になっているのか想像しただけで頭が痛くなり、暫くは手首を人目に触れないようにしなければと暢気に考えてしまう。 「漸……」 彼が何処に居るのかは定かでないが、恐らくすぐ側で腰掛けているのであろう漸へと向け、溜め息混じりに名を紡ぎ出す。 「ん……? なに」 「そろそろほどいてくれ……」 すでに散々なまでに鳴かされていた声は掠れ、隠しきれない疲労を滲ませながら想いを口にすると、何事か考えているのか暫しの間を静寂が支配する。 「ほどいてやってもいいけど……。真宮ちゃん、逃げない……?」 「こんな状態で、今更どうやって逃げりゃいいんだよ……」 「ああ……、それもそうか。いいよ、ほどいてあげる」 探るように言葉を掛けられるも、着衣を乱れさせながら情事の証をしっかりと残している様子を見て、漸は納得したかのように呟いてみせる。 そもそも初めから逃がす気もないのであろうし、あのようなことを言っていてもいざ脱け出そうと試みれば即座に捕らえられ、振り出しに戻されるのが関の山だろう。 「切ってあげるから、動かないでね……?」 徐々に冷静さを取り戻しつつある思考を巡らせていると、ナイフを手にしているらしい漸から声を掛けられ、どうやら両腕の戒めを解こうとしてくれているようだ。 言われた通りに身を固くし、動かないようにしていると背後から刃を立てている音が聞こえ、キツく締め上げられていた拘束が緩くなっていく。 そうして久しぶりに両手を自由に動かせるようになり、ゆっくりと視界を奪っていた目隠しへと指を這わせて取り払うも、唐突に明るさが襲い掛かってきて目が眩む。 「クソッ……、痕付いてんじゃねえか」 目を細めながら手をかざし、少しずつ広がってきた視界へと映り込む痕に気が付き、しっかりと腕に刻まれている様子を見て思わず舌打ちが零れる。 どうやったら仲間達に見付からないで済むかばかりを考えてしまい、特に目ざといナキツからどう逃れるべきかと思案するだけで頭が痛い。 それもこれも全て漸によるものであり、気を失っていた自分にも非はあるのだがそれでも銀髪の青年へとのし掛かる罪は重い。 脱兎の如く逃げ出すつもりはないけれど、このまま好きなように弄ばれるだなんて我慢ならず、一発殴ってやらなければ気が済まない。 「うっ……」 脱力している身体に鞭を打ち、低く呻きながら身を起こしていくと、丁度両足の拘束が解かれていたところであり、正面に漸の姿が映り込んでくる。 瞬間、これまでの行いが脳裏をよぎってカッとなり、考えるよりも先に身体が動いて漸へと掴み掛かる。 「そうくると思った」 顔を上げた漸は笑みを湛え、ただでさえ疲労で鈍っている攻撃をまともに喰らうわけもなく、加えて読まれていたこともあってか易々と腕を取られて体勢を崩し、たちまちのうちに再びベッドへと沈ませられてしまう。 「く、うっ……」 指を絡ませて敷布へと縫い付けられ、一方の手に首を取られて苦しみの声を上げ、容易く動きを封じ込められて歯噛みする。 せっかく戒めを解かれて自由を手に入れたというのに、幾ら本調子でないとはいえ、このような輩にいとも簡単に押し倒されている現実はなかなかに認めたくない。 首を押さえている腕に触れても力無く、ただ添えているだけとなってしまい、身動ぐほどに擦れて窮地へと陥ってしまい、落ち着いていた息がまたしても乱れ始めていく。 「随分と簡単に捩じ伏せられるんだなァ……? そんなに首が感じちゃうの? 真宮……」 「ん、ふっ……」 「気持ち良くいけたから、約束通りもっといいことしてあげないとな……?」 「あ、うっ……、くっ」 ぞくぞくと這い回る甘い痺れに身悶え、見下ろしている漸から触れるだけの口付けをされ、首を取られただけで一気に力を失ってしまう身体が恨めしくて仕方がない。 抵抗も空しく敷布へと沈められ、忙しなく呼吸を繰り返していると漸が離れていき、何事かと思う間もなく異変を感じてハッと我に返る。

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