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ささやかなる歪み

気を抜けば涙ぐみそうになるのを必死に堪え、鳴瀬が目を覚ましてくれて本当に良かったと心の底から想いながら、笑みを浮かべている当人と視線を通わせている。 目の前の景色が急に色彩を帯びて広がっていくようで、鳴瀬と顔を合わせるまでは気にも留められなかったが、カーテンが開かれている窓からは暖かな陽光が射し込んでいる。 こんなにも今日は天気が良かったのだと今更ながらに気が付き、此処へ辿り着くまでのことを思い出せないくらいに余裕が無かったが為に、果てしなく澄み渡る空になど一時も目を向けられなかった。 それが今では、驚くほど鮮明に映り込んでいて、温もりを湛えた情景がこれ以上ないくらいに心身へと行き渡り、ゆったりと包み込むような優しさで癒していく。 傷付き、疲弊して仕方がない胸の内を、幾ばくかでも許し、そっと手を差し伸べて洗い流していく。 「大方のことは聞いてる。俺のせいで色々迷惑掛けちまったみたいで……、ホント悪かった」 未だ手当を施されていて痛々しく、見慣れた素顔を視界に収めることは出来ないでいたけれど、眉を寄せて申し訳なさそうな表情をしているに違いない。 間近で見つめてみると、深い眠りに就いていた頃に比べれば、徐々にではあるが腫れも引いてきているように感じられ、良い方向へと進んでいる変化を嬉しく思う。 「お前は何も悪くない。それに、これは俺達が勝手にしたことだ。お前が気に病む必要はない」 「でも……」 「コイツら皆、お前のこと好きで仕方ねえんだ。お前の為に、何かしてやりたかった。お前が目ェ覚ましてくれて嬉しい……、ありがとな」 一様に元気な姿を見せてはいたが、あちらこちらに傷を負っていることに気が付いているからこそ、尚のこと鳴瀬は悲痛な表情を浮かべて周囲へと視線を向けている。 此処を訪れていない者の中には、深手を負わされて静養を余儀無くされている面子もおり、ヴェルフェと衝突して無事では済まされなかった存在も多数いる。 しかしながらそれは、相手方にとっても同じことが言え、無傷で済んでいないことは明らかであった。 総崩れは免れ、全員が健闘してくれたお陰でなんとか踏み止まれたのだけれど、自分があの男を叩き潰せていたならば全てはあの夜に片付いていたのだと拳を握り締める。 「コイツらが好きなのは、俺じゃなくてお前だろ……? 真宮」 忌まわしき記憶が呼び覚まされていき、人目を避けている両の戒めの痕が、疼くように鈍い痛みを生み出していく。 心地好い場に居ながら、ただ一人への憎しみで充たされていきそうな最中、不意に掛けられた声で現実へと引き戻される。 笑みを浮かべている鳴瀬と視線が交わり、なんだかとてもくすぐったくなるようなことを言われた気がする。 「俺の為にそんな傷だらけになってまで戦ってくれたのは嬉しい。でもな……、コイツらにとってはお前が一番大事なんだ。お前が俺のことを想ってくれたから、そんなお前の為に身体張ってくれたんだ。みんなお前のことが……、好きで仕方ねえんだよ。ったく、羨ましい限りだぜ」 真っ直ぐに見つめられ、顔から火を噴くくらいに照れてしまいそうな事柄を、いとも容易く言い放たれて思考が急停止する。 鳴瀬という男は、こういう奴なのだ。 恥ずかしくなるようなこともさらっと言えてしまい、当の本人は歯を見せてニッと笑っている。 本当に自分には勿体無い優しさと、思いやりを携えている者達で周りは溢れ、なんて幸せなのだろうかと思いながらも胸が締め付けられる。 これからもずっと、愛しくて大切な面々と涙が出そうなくらいに笑い合って、いつまでもこの時を過ごしていきたいと切に願う。 だからこそ、なんとしてでも守り抜かなければならない。 「真宮さん、茹でたタコみたいになってるッスよ! 顔あか~い! 超ウケるんすけど!!」 「うるせえぞ、有仁!」 「うわ~! ナキツ~! 真宮さんがスミ吹きそうッス、助けてーッ!!」 「だからお前は……、なんで俺を盾にするんだよ……。すみません、真宮さん……」 どっと笑いが室内を充たしていき、気を遣ってくれたようにも窺える有仁が、いつもの軽口を叩いてどうしたらいいか分からないでいた空気をサッと変えていく。 更なる羞恥心を煽られただけのような気もするが、有仁は愉快とばかりに笑みを浮かべて楽しんでおり、ナキツの後ろに隠れて困らせるという相変わらずな光景が広がっている。 ナキツといえば心底困っている表情を浮かべ、溜め息混じりに有仁へと言葉を掛けながら、最後には代わりに謝ってきてそれがなんだかとても面白かった。 「またなんかあったら、いつでも駆け付けるッスよ! どーんと任せろッス!!」 背後からナキツへと抱き付きながら、横から顔を出して無邪気な笑顔を見せており、その明るさに一体どれだけ救われていることだろうかと思う。

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