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ささやかなる歪み
「もう……、ずるいですよ……」
「ん? どうした、ナキツ」
「こんなことされたら……、俺、ますます真宮さんのこと……」
ほんのりと頬を染めながら視線を逸らし、その先は告げられないでいるナキツに首を傾げ、なんでいきなり照れ出したのかも分からないまま髪を撫でる。
ナキツと言えば、まず周囲には絶対に見せないであろう表情を浮かべ、恥ずかしそうにしながらも嫌がる素振りは見せずに好きにさせてくれている。
「ココ……、怪我してんな」
「え? ああ……、あの日のですね」
触り心地のいい柔らかな髪を弄び、こめかみから頬にかけて薄れながらも陣取っている怪我へそっと指を添え、己の身を傷つけられたかのように表情を曇らせて言葉を紡ぐ。
けれどもナキツは然して気にしている様子も無く、その時のことを思い出しつつ答えるも、自分の怪我にはあまり頓着がないようであった。
そんな今では掠り傷のことよりも、撫でられている現状のほうが遥かに重要な案件であり、心地好くて嬉しくてまともに顔も見れないまま身を委ねている。
そうしたナキツの心情には気が付かないまま、ヒズルと出会った時の会話を思い返しながら傷口を撫で、二人はすでにあの日に接触していたのだということを思い出す。
「ヒズルとやり合ったんだっけな……」
「はい……」
「アイツ強ェのか?」
「ええ。でも、真宮さんならきっと……、あの男には負けませんよ」
「大した自信だな。そう言ってくれるお前の為にも……、かっこワリィとこ見せねえようにしないとな」
ナキツの頬からするりと手を離し、暫く放置していた煙草からトントンと灰を降ろすと、咥えて景色へと視線を向ける。
「俺は……、真宮さんなら、例え貴方が格好悪いと思う姿でも、見せて欲しいと思っています」
あれから時が刻まれていき、そろそろ鳴瀬や面々の元に戻ろうかと思い始めていた頃に、傍らから掛けられる言葉を聞いて視線を向ける。
すぐにもナキツと目が合い、何処か複雑で言い表せない感情を織り混ぜながら語り掛けられて、煙草を手にして唇を開くもなんと紡いでいいものか迷いが生じる。
「ナキツ……?」
「今までも、これから先もずっと……、俺は真宮さんの味方です。俺じゃ頼りないかもしれませんが、一人で抱え込むようなことだけは……、しないで下さいね」
嬉しいけれど気恥ずかしく、真っ直ぐに想ってくれる優しさに触れて癒されるも照れが先に立ってしまい、瞬時に顔から火を噴いてポロリと煙草を落としてしまう。
あたふたと靴の裏で揉み消しつつ顔を背け、どうしてこう恥ずかしげもなくさらりとそういうことを言ってくれるような奴ばかりなのだと動揺しながら、一度視線を逸らしてしまうとなかなか戻せなくなってしまう。
「あっ……、ありがとなっ……」
「照れてくれてるんですか? こっち向いて下さい、真宮さん」
「べ、つに照れてなんかねえよっ。これはっ……、その、暑くなってきて……」
「手で隠さないで下さい。照れてる顔も、俺は好きですよ」
「ハァッ? テ、テメ遊んでんだろっ! ぶん殴るぞ!」
「真宮さんになら殴られたっていいですよ……? 特別です」
「うっ……。お、お前なあっ……、バカなこと言ってんじゃねえよっ……。殴るわけねえだろっ……、ったく」
にこにこと楽しそうに悪戯な笑みを浮かべているナキツに、コノヤロ~ッ! と拳を握るもそれだけで終わってしまい、盛大に頬を染めている顔を晒しているだけの自爆となる。
ナキツは優しげに、穏やかに、いとおしそうに視線を注いでおり、目前で恥ずかしそうに顔を赤くしている姿を見つめて幸せそうに目を細めている。
「そういう表情は、あんまり人に見せないで下さいね」
「あ? なに言ってんだ、バカ」
未だ落ち着かず懸命に顔の熱を冷まそうと躍起になっている最中で、ナキツが微笑を湛えながら紡いできた言葉にはてなマークが頭上で乱舞し、ったくもうからかうんじゃねえよと溜め息が出る思いであった。
だいぶ時間が経っているだろうし、いい加減そろそろ戻ろうかと半ば逃れるように立ち上がり、鳴瀬の病室を目指そうとする。
「そろそろ戻りますか」
「ああ」
「真宮さん」
「ん……?」
ゆったりとした足取りで階段を上がり、ナキツと会話をしながら歩を進めて扉の前へ辿り着き、取っ手に触れて開けようとしていた時に名を呼ばれる。
声のする方へ視線を向け、後方ですぐにも整った顔立ちをしている青年の顔が映り込み、真っ直ぐに見つめられている。
暫しの静寂に支配され、なんとなく居たたまれなくなりながらもその場にとどまっていると、伸ばされた手が頬に触れてきて一体何事かと思う。
「どうか気を付けて下さい。無茶だけは……、しないで下さいね」
「……ああ。分かってる」
いつになく真剣な眼差しを一身に注がれ、間近で見つめられて逃れる意思も奪われ、双眸を捕らえられて逸らすことなど出来ない。
何を想っての言葉なのだろう、具体的に何を思い浮かべての気を付けろなのかは不明であるけれど、日頃からよく単独で動き回っている日常を思えば真意など考えずとも納得がいく。
「真宮さんには、大勢の仲間がついています。貴方の命じるがまま、思うがままに俺達は従います」
「ナキツ……」
「だから……、一人でヴェルフェをどうにかしようなんて、考えないで下さいね」
「……ああ」
鳴瀬は目を覚ましてくれたけれど、この件は終わりどころかこれからが本番だとでも言わんばかりに立ちはだかっており、今や自分へと根深く絡み付いている。
ヴェルフェを、特にあの男を放ってはおけず叩き潰してやらなければと思っているが、渦巻く獰猛な想いを見透かすかのように牽制されてしまい、ここは大人しく引き下がって素直に答える。
信頼を寄せて、手を差し伸べてくれることが嬉しく、照れ臭いけれど幸せで、もちろん彼等を頼りにしているしいつでも背中を預けられると感じている。
だが、最早これは個人的な感情を大いに含んでおり、群れとして奴等に、漸に関わらせることで知られたくない出来事を明かされるような事態になれば、全てが崩れ去ってしまうと感じている。
ヴェルフェをこのままにはしておけないけれど、忌まわしき出来事を知られるようなリスクは避けて通りたい。
情けない、狡い考えだと己を責めるも、目前の青年を始めに、チームの面々に漸とのことを知られるなんて耐えられなかった。
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