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蠢くもの
「よし、出た。んじゃ、あとは作戦通りな!」
外に出たのを確認してから、共に時を過ごしている友人達へと声を掛け、見失ってはいけないとすぐにも後を追って走り出そうとする。
「灰我くん!」
「ん? なんだよ」
一歩を踏み出したところで名を紡がれ、なんだろうと思いながらも一旦動きを止めて振り返れば、面々の視線が一点へと集中している。
気弱そうな少年ほどではないにしろ、やはり一様に何処か不安を孕みながら緊張の面持ちで見つめており、それでももうやるしかないのだとみな覚悟を決めている。
「気を付けてね……。絶対無茶しちゃダメだからね! あの場所で僕達待ってるから……、絶対に来てね!」
「おう! もっちろん! すぐに行くからさ、手筈 通りに頼んだぜ!」
順に顔を見つめ、安心させるかのようにとびきりの笑顔を見せると、言葉を紡ぎながら手を振ってこの場から離れていく。
友人達から背を向けると共に、真剣な表情で様々なゲーム機を尻目に駆け抜けていき、なんでもないふうを装ってはいたけれども実際これから起こそうとしている事を前に緊張しており、心配だってしているし、不安だらけである。
それでもやってやるんだと自分を奮い立たせ、見失ってはいけないと急いで出入口へと走っていき、夜の帳が落ちている外に飛び出していく。
辺りを見渡して、すぐにも三人の後ろ姿を見つけると足を踏み出し、距離を取って暫しの尾行を開始する。
「こっちってことは……、次に行くのはあそこか」
すかさず携帯電話を取り出し、器用に片手で操作しながら先ほどの友人達へとメッセージを送信し、彼等がこれから向かうであろう場所を確信をもって連絡する。
全ては今日の為に、持てる力と知恵を振り絞って三人組の動向を調べ上げ、単純で面白味のない奴等は子供でも分かりやすいくらいに行動範囲が狭く、お陰で敷いたレールの上を今のところ順調に歩いてくれている。
でも物事はそう簡単に上手くいくとは限らないと警戒は怠らず、小振りのショルダーバッグから帽子を取り出すと目深に被り、視線は逸らさぬまま機を窺って後をつけていく。
もう少し歩いていけば人気がまばらになり、動きやすくなることを熟知しているので後は慌てず、失敗は許されないだけに緊張感が襲い掛かってくるものの懸命に押さえ付け、息を殺して彼等の動きを注視する。
涼やかな風が心地好く、月は時おり雲に隠れながらも淡く下界を照らしていて、濃密な夜の空気に包まれている。
忙しなく行き交う自動車は途切れず、対して歩いている人々はそれほどおらず、これ以上ないくらいに良い風が吹いていると感じている。
「あと少し……」
然して暑くもないけれど、緊張からか額には僅かに汗が滲んでおり、そっと言い聞かせるように唇からは呟きが漏れる。
もう少しで目標としている地点に彼等が到達し、それからいよいよ逃げも隠れも出来ない舞台の幕が上がり出すのだ。
ごそごそと衣服の物入れへと手を突っ込んで黒いマスクを取り出し、行く先を窺いながら暫しの時を何もせず歩いていく。
そしていよいよ近付いてきたところでゴムを耳に掛け、マスクを口元に当てると、早足で一気に三人組との距離を狭めていき、足音を忍ばせていとも容易く背後へと辿り着くと思いきりぶつかっていき、不意打ちでよろめいた青年の傍らをすり抜けて前へと躍り出る。
「テメ何すんだコラァッ!」
「俺らが誰か分かってんのかテメエッ!」
「俺らは、この辺じゃっ……」
「知ってるよ。有名なマガツのメンバーなんでしょ」
距離を置いて佇み、今にも飛び掛かってきそうな面々を前にひやひやしながらも、平静を装って言葉を紡ぐ。
「どんなチームか知らないけどさ。簡単に取られるようじゃ……、大したことないんじゃない?」
そして見えるように腕を伸ばし、手にしている物を見せ付けながらわざとらしく挑発するような言葉を連ねれば、一瞬間を置いてそれが何であるかを察した彼等の表情が憤怒に彩られていく。
「テメエッ……、どうやら死にてえようだな……」
「マガツに喧嘩売ったこと死ぬほど後悔させてやるよ!」
「テメ待てコラァッ!」
不用心にしまわれていた財布をぶつかった際に抜き取り、奴等の意識を自分へと集中させて追い掛けさせる手筈は整った。
後は約束している場所まで、全力で逃げるのみ。
「来い! ゲームスタートだっ……!」
恐ろしいと感じていながらもぞくぞくとしたスリルに充実感を覚え、非日常の事態にマスクの下では笑みを浮かべている。
捕まったら終わりだ、何があっても走って走って逃げ切らなければならない。
三人が真っ正直に追い掛けてくるのを確認しながら路地へと曲がり、人気のない道をがむしゃらに駆け抜けていく。
よしよしよし、来い……! と心中で叫びながら、次なる目的の場所を目指して全速力で向かっていき、アイツらが単純で良かったと心の底から思った。
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