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蠢くもの

時おり後方へと視線を向け、しっかりと彼等がついてきていることを確認しながら、追い付かれないように距離を保ったまま駆け抜けていく。 無我夢中で走り続け、次なる目的の場所であり、最終決戦の地であるところを目指しつつ、三人組の意識を自分へと注がせながら風を切っている。 目深に被っている帽子も、口元を覆い隠すマスクも、肩から下げているショルダーバッグも邪魔臭くて今すぐ放り投げてしまいたいが、正体を知られるような事態だけはなんとしてでも避けなければならない。 仄かに彩られている(かば)茶色の髪は、隠しきれずに帽子からはみ出して揺れているものの、だからこそ夜に決行しているのだ。 あのような単純な者達は、垣間見えている髪くらいでは気にもしないだろうし、それだけではまず何の手掛かりにもならないであろう。 それでも念には念を入れて、暗い夜の帳を味方につけながら人気を失っていく道を駆けていき、彼等を一人残らず同じ場所へと誘導していく。 体力には自信があるし、足も結構速いほうだと自負しているが、平静を装おうとしてもやはり自分はごまかしきれないものであり、緊張しているせいでいつもよりも息が上がっている。 本来であれば、これくらいの距離を走ったからといって息が切れるようなことはないのに、唇からはハアハアと絶えず荒い呼吸が漏れ出している。 「逃げられると思ってんのかコラァッ!」 「テメエもうお仕舞いなんだよ!」 「誰に喧嘩売ってんのか分かってんのかテメエッ!!」 そんなこと分かってるっつーの! と胸の内で返事をしながら駆け、何もマガツであるから手を出しているわけではなく、彼等三人に用があるのだ。 仲間達はもう辿り着いているだろうか、別の道から其処へと向かっているはずであり、そちらからのほうが近道なので先回りは容易である。 作戦会議は何度もしたけれど、実戦ではいきなり本番なので実際にはどれくらい時間がかかるのかなど、やってみなければ分からない事柄がどうしても生じてくる。 けれどもきっと、絶対に、間違いなく大丈夫なのだと自分に言い聞かせながら走っているしかなく、今更やめたいからといってもこのゲームにはリセットボタンが付いていない。 走り出したら止まれない、行き着くところまでやめられない身の安全を賭けたゲームであり、失敗すればただでは済まないと馬鹿でも分かるシンプルさだ。 「ハァッ、はっ……! もう少し! 頑張れ、俺ッ!!」 今回の騒動を思い付いてから、友人達は初めこそ三人組を思い浮かべて気乗りしない様子であったが、なんとか説得して今夜の状況まで漕ぎ着けていた。 自分を含め、一行には三人衆に対して借りがあるので出来ることならばやっつけたいという気持ちを持ち合わせており、それもあって仲間達の首を最終的に縦に振らせられたのかもしれない。 闇夜を引き裂くような怒号を浴びせ掛けられながら、それでも足を止めずに速度を緩めることなく走り続け、前だけを見つめて猛烈に突き進んでいく。 言い出しっぺということもあるが、作戦に協力してもらう為に自ら一番危険な役を買って出ており、今のところ上手くいっていて良かったと安堵している。 一人に対して相手は三名であり、自分よりも身長が高い上にがっしりとしており、年齢も幾つか上なのだろう彼等を前に、財布を奪う時点でつまずいてボコボコにされるという可能性のほうが高かった。 それを乗り越えられている今、ここまできたら絶対に失敗なんてしたくないし、必ず成功させてみせると自らへ言い聞かせて走り、やがて目的の場所が見えてくる。 「頼む、いてくれよ……!」 今どうしているかなんて聞いている時間もなければ、余裕なんてとうにない。 其処に居てくれていると信じながら駆けていき、止まぬ怒声に彼等がちゃんとついてきていることを察し、意外と体力あるんだなとこんな状況であるものの暢気なことを考えてしまう。 目指す先、其処は立ち並ぶ雑居ビルの間に存在している工事現場であり、ほったらかしにされていて侵入が容易であることを事前に偵察していた為に知っている。 己の身長よりも遥かに高く囲いがされており、出入口は一つしか無い。 そのようなところへと逃げ込んでは袋の(ねずみ)であり、もしもの時にどうするのだと初めは反対されていたのだが、場所が限定されているほうが動きやすい。 それにあそこなら、武器になりそうな物がいくつも転がっている。 奴等はきっと知能指数が低いので、他に仲間などいないと思っているに違いない。 「ハァッ、はっ、着いた……」 彼等の目に焼き付かせるように出入口で一旦立ち止まり、此処に入っていくことを分かりやすく知らせてやり、トンネルのように組み上がる足場を転ばないように注意しながら歩いていく。 程無くして開けた場所に出て、我ながら良いところを見付けたものだと思いながら息を整えていき、それでも速まる鼓動は落ち着くことを知らないでいる。 (ひし)めき合うように取り囲む建物の群れから漏れる淡い灯に辺りを彩られ、なんだかこの前来た時と少し様子が違うようなと思いつつ先へと進み、来た道を振り返って立ち止まる。 「いつでも来いっ……」 小石混じりの土を踏みつけ、ドキドキする鼓動を静まらせられずに耳を澄まし、そろそろ追い付くであろう三人組を緊張の面持ちで待つ。 「それにしても……、俺達の他にもココ誰か来たのかな……」 決戦を前に一度この場所を訪れていたが、その時とはなんだか様子が違うように思えてならず、心なしかその辺の土が踏み荒らされて抉れている気がしないでもない。 まさか不良の溜まり場なんじゃ……、と一瞬過った恐ろしい想像を懸命に振り払い、あの時は日中だったから雰囲気が違って見えるだけなのだと無理矢理に自分を納得させようとする。

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