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蠢くもの

耳へと指を添え、口元を覆い隠していたマスクを取り外すと、次いで被っていた帽子も取り払い、両方ともショルダーバッグに捩じ込んで軽く息を吐く。 足下では、つい先ほどまで偉そうに肩をいからせていた面々が横たわっており、これ以上ないくらいに無様な姿を晒している。 額の汗を袖で拭い、風が気持ちいいなあと思いながら佇んで、淡い月光により辺りを照らされる。 そうしてふと、彼らから財布を取り上げていたことを思い出し、ゴソゴソと衣服をまさぐって目当ての物をすぐにも取り出してみる。 「貸してた分は返してもらうからな」 触れることすら嫌な程だが、膨れ上がっている長財布の留め金を外して開くと、奪われていた紙幣を問答無用で抜き取る。 先ほどゲームセンターで見掛けていた少年達と同様に、数日前に三人組へと嫌々ながらも金銭を差し出しており、それからというもの憎き奴等に仕返しをする為だけに日々を過ごしていた。 あちらこちらで繰り返しているのだろうことがよく分かり、無理矢理に持ち主から引き剥がされた紙幣が何枚も捩じ込まれている。 きっと自分の金なんて一銭も入っていないのだろうと侮蔑の眼差しで財布の持ち主を見下ろし、友人達へと手際よく紙幣を渡していく。 「さっきの人達のも取り返してあげたほうがいいかな……?」 強奪されていた金をそれぞれの財布へと収め、だいぶ落ち着きを取り戻し始めていた頃に、仲間内の一人から発された言葉に視線を向ける。 気弱そうな少年から紡がれた台詞であり、どうやら先ほどゲームセンターで紙幣を奪われていた少年達のことを気に掛けている様子であり、面子はなんと答えたら良いものかと戸惑いの表情を浮かべている。 「なんでアイツらの分まで取り返してやんなきゃいけないんだよ。名前も知らないし、次いつ会えるかも分かんないってのに。第一アイツらの為に身体張ったんじゃないし」 「うん……」 「まあ、そうだよな。金取られたのは同じだけど、なんにもしないでアイツらだけ楽々金が戻ってくるってのは、ちょっと割に合わないしなあ」 「だろ? ホントに取り返したかったら、アイツらだって俺達と同じように何かしら考えて動くよ。ま、そんな勇気があるようには見えなかったけどさ。とにかく、俺達は自分の為にわざわざ危ない目に遭ってまでコイツらを倒したんだ。他の奴のことなんか知らないよ」 「うん、そうだよね。変なこと言ってごめんね」 「ううん、気にすんなよ!」 気弱そうな少年から申し訳なさそうに声を掛けられると、ニッと笑いながら視線を合わせて別に怒っていないよと態度で示してみせる。 少年の気持ちも分かり、同じ目に遭ったからこそ彼らの悔しさは痛いくらいに分かるし、きっと取り返して目に物いわせてやりたいと思っているに違いない。 けれど、他の現場を見てきたわけではないのだが、先ほどの少年達以外にもきっと数えきれないくらいの被害者がいる。 殆どは泣き寝入りしているのかもしれないし、もしかしたら自分達と同じように何かしら手を打とうと考えていたかもしれないが、今日までの三人組を思い返せば恐らく動いても返り討ちにされた者達で溢れていることであろう。 そのような中で、ゲームセンターの少年達だけ何の苦労もせずに金を取り戻すなんて特別は、今の自分には認められなかった。 目をつけられたのは不運としか言いようがないけれど、何も彼らだけが被害に遭っているわけではないし、同じようにその時悔しい想いをした者はきっと他にも沢山いる。 そんな気持ちを忘れられず、何としてでも一矢を報いたかったからこそ行動へと移し、今の現実がある。 アイツらも悔しかったら自分でなんとかするべきだと思いながら財布を畳み、持ち主の元へと戻す。 「コイツら、どうしよっか」 「そろそろ目ェ覚ますかもしんないし、ココから離れたほうがいいかもな」 会話を耳に入れつつ、確かにそろそろ目を覚ますかもしれないので、この場から離れたほうがいいなと考える。 せっかくここまで上手く事が運んでいるというのに、目覚められては全てが水の泡になってしまうし、正体が明るみに出てしまっては一気に窮地へと陥ってしまう。 「もうコイツらに用は無いし、放置でいいよ。あとは勝手に目ェ覚まして帰るだろうし」 念には念を入れて、辺りに転がっている鉄パイプを片付けつつ、絶対に誰に痛め付けられたかなんて分からないはず、辿り着けないはずだと胸の内で言い聞かせながら、此処から立ち去ることにする。 見た目を裏切らない頭の悪さがよく分かり、おまけに年下の少年達に負かされて気を失っている上に、金を取り返されて地べたに転がっているだなんて相当恥ずかしい事態であろう。 まさかこんなにも上手くいくとは思っていなかったのだけれど、失敗するわけにはいかなかっただけに、これは当然の結果なのだ。 今まで外見に騙されていただけで実際はこんなにも脆く、容易く、口ほどにもない。 少し時間はかかったけれど、不良に対する真実を今夜知ることが出来て本当に良かったなあと上機嫌で足を踏み出し、友人らとその場を後にしていく。 「スゲェ緊張したけど、案外あっけなかったな~」 「不良って皆あんなもんなのかな?」 「大体何人かでつるんでるし、やっぱ弱いから群れて悪いことしてるんじゃん? きっと一人じゃなんにも出来ないんだぜ」 「弱いくせに調子に乗ってるなんて頭にくるな。あんな奴らいなくなっちゃえばいいのに」 すっかり汗も引き、変わらず穏やかで美しい月の光に彩られながら、先ほどまでのことを思い出しつつ口々に想いを述べている。 やはり感じていることは同じようであり、実際は驚くほどに弱い不良という人種に対する誤った印象を誰もが持っていて、それが今夜叩き割られて彼らへの恐怖などすっかり色褪せた。 なんてことはない、ただ道を踏み外して虚勢を張っているだけのならず者であり、将来有望な自分達から見下されるだけの存在であると。

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