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vibrant
「勘弁しろよ……」
額に手を添えて溜め息を吐き、向かいで満面の笑みを浮かべている青年を恨みがましく見つめるも、全く意に介さない様子で幸せそうに食べている。
「ん? なんすか、真宮さん! さては……、やっぱり食べたくなってきちゃったんじゃないすか~?」
「ンなわけねえだろ……。呆れてんだよ、お前に」
見られていることに気が付いたらしい有仁が顔を上げ、色とりどりのケーキに囲まれながらニッと笑い掛けてくるも、的外れな言動に呆れて更なる溜め息が唇から漏らされていく。
一体一人でどれだけ食べる気でいるのか、小柄な体型にはおよそ不釣り合いな量のケーキが並べられており、欲張りにも程がある。
見るからに甘ったるそうな代物を前に、此方としては一つですらも食べきれるか危ういところなのだが、有仁は幸せそうな笑みを浮かべながら大層ご満悦の様子であり、何の苦もなく順調にケーキの群れが片付けられていく。
「やっと念願叶ったッスね~! 感無量ッス!!」
「お前だけな……。俺は全然興味ねえぞ。大体俺は何度も行きたくねえって言ってんのにお前が……」
「この前は鳴瀬さんのせいで行けなかったッスからね~! この日を待ちに待ってたッスよ!!」
「おい聞けコラ。つか何さらっと鳴瀬のせいにしてんだよ。いじけんぞ、アイツ」
声を大にして行きたくないと拒んでいたのだが、最終的には抵抗も空しく根負けしてしまい、いつものように有仁のわがままに付き合わされている。
様々なケーキが並べられているだけあって、それを目当てに来店する者といえば女性客が圧倒的多数を占めており、非常に居心地が悪い中で拷問としか思えない時間を過ごしている。
つい先日も此処を訪れていたのだが、外で並んでいる最中に鳴瀬が病院に担ぎ込まれているという知らせが入り、その時は店内へ入ることなく終わっていた。
そのまま流れてくれたらいいと思っていたのだが、鳴瀬やヴェルフェとの件が一応の落ち着きを見せたところで有仁がハッと思い出してしまい、本日の苦行へと至ってしまっている。
窓際のテーブル席にて陣取り、暖かな陽射しを感じ取りながら目の前にはケーキ、ケーキケーキケーキの山が有仁に食べられるべく順番待ちをしており、最早どれが何のケーキであるかもよく分からないくらいに豊富な種類が視界に収まっている。
「まあまあ、真宮さん! せっかく来たんスから、真宮さんも何か一つくらい食べてみたらどうッスか!? 特別に此処から選んでくれていいッスよ!」
「いらねえよ……。甘いモンあんま得意じゃねえの知ってんだろ。まあそれを知った上で連れて行きたがる鬼がいるわけだが……」
「え、なにそれ俺のことッスか~? 真宮さんのがよっぽど鬼じゃないすかー! やだなあ、もう! ハハハッ!」
「この野郎……。テメ店出たら覚えてろよ」
「ますます此処から出るわけにはいかなくなったッス! ケーキ追加しよ!!」
「おい……、やめろ……」
大人しく言うことを聞いてくれるような人物ではないと分かりきってはいるのだが、絶望を感じさせるに十分な台詞を告げられて制止を試みようとするも、当の本人は現在モンブランに心を奪われている様子であり、フォークをさ迷わせながら何処から食べようかと贅沢な悩みを抱えている。
ケーキ追加するんじゃねえのかよ、とツッコミを入れたいところではあるが、モンブランに夢中ならそれはそれで良しとする。
睨んだところで効果はないと分かってはいるものの、本日何度目かの溜め息を漏らしてしまいながらカップを手に取り、いつまで拘束されんだろうなとげんなりしつつ温かな珈琲を啜ってみる。
別に嫌いなわけではないし、食べられないわけでもないのだが、所狭しと並べられているケーキを見つめているだけですでにお腹一杯な状態であり、飲み物だけで事足りている。
目前では、にこにこと本当に嬉しそうな笑みを浮かべてケーキを食べている有仁が居り、先ほどまでのやり取りを忘れてついフッと口元が緩んでしまいそうになる。
なんだかんだと悪態をついていても、最後には結局、悔しいけれども有仁のわがままを許してしまうのだ。
トレードマークの帽子は屋内でもしっかりと被られており、外側へと跳ねさせている杏 色の髪は少し長めであり、無邪気で活発な有仁によく似合っている。
甘味好きな為に仕方がないとはいえ、こういうところにばかり行きたがって付き合わされる身としては溜め息が止まらないのだが、忙しなくもぐもぐと口一杯に頬張っている小動物のような姿を眺めていると、釣られて楽しい気持ちになってきてしまうのだから末恐ろしい存在である。
「……お前も結構楽しんでるよな」
暫くはせっせとケーキを食べている有仁に注目し、何処も彼処も笑顔で溢れている店内を見渡してから、傍らにて腰掛けているナキツへと声を掛ける。
「真宮さんと一緒なら、俺は何処に居ても楽しめますよ」
茶褐色の髪をさらりと揺らし、呼び掛けに応じて視線を向けられると、品の良い顔立ちには穏やかな笑みが湛えられている。
ティーカップを片手に、紅茶を飲みながら恥ずかしげもなく紡がれた言葉に火を噴き、話し掛けるんじゃなかったと今更後悔したところでもう遅い。
盛大に頬を赤らめつつ、見んじゃねえよとばかりに顔を背けて居たたまれなくなり、早く此処から脱出したいと切に願うばかりであった。
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