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vibrant

「まだ……、痛みますか?」 外へと視線を向け、心を落ち着かせようと珈琲を飲みながら頬杖をつき、行き交う人波を見つめてみる。 けれども確実に味が分からなくなっており、耳まで赤くなっているであろう現実から目を背けつつ、なかなか簡単には気持ちを静められないでいる。 今日は気持ちの良い晴天に恵まれ、賑わいを見せている街を様々な人々が歩みを進めており、誰もが幸せそうに映り込んではやがて視界から消えていく。 「ん……? ああ、これか。大したことねえよ」 暫くはぼんやりと外界を眺め、赤らんでいる顔を見られないように過ごしていると、傍らから遠慮がちに掛けられた声を耳にする。 心配そうに紡がれた台詞は、間を空けながら窺うようにナキツの唇から漏らされており、つい先ほどまでの恥ずかしさを忘れて視線を向けてしまう。 すぐにも目が合うことはなく、傍らの青年が何処を見つめているのかを察して真意を読み取り、多少の気まずさを抱えながらもなんでもないとばかりに軽く返事をしていく。 「そうですか……。顔の傷は、だいぶ良くなりましたね」 表情を曇らせつつも、深入りはせずに引き下がり、手首から視線を外される。 そうして次へと注がれる視線は口元であり、物腰の柔らかな青年は目前で穏やかに微笑を浮かべ、かつて付けられた擦り傷に注目している。 「そうだな……、もうほとんど分からねえだろ?」 「そうですね。その分なら痕は残らなさそうですし、本当に良かったです。せっかく綺麗な顔をしているんですから、もう少し自分を大事にして下さいね」 「なっ……、お、お前……、なに言ってんだよ。ったく、調子狂うな……。また珈琲の味が分かんなくなんだろ……」 「ん? どうしましたか、真宮さん」 「なんでもねえよ、馬鹿野郎……。大体綺麗な顔してんのはお前のほうだろ……。て、そういえばお前もだいぶ良くなったよな。顔の傷」 「はい、お陰様で」 あれから、あの忌まわしき一夜から幾日も過ぎ去っているものの、未だ手首には組み敷かれていた証がうっすらと残っており、それが完全に消え去るまでは誰の目にも触れさせるわけにはいかない。 口元の傷はだいぶ癒え、手首とは対照的に殆ど見えないまでに回復しており、嫌でも銀髪の青年を思い出してしまう憎らしい怪我が一つ、此の身からようやく消えてくれようとしている。 けれども手首に刻まれている痕は根深く残っている為に、相変わらず包帯とリストバンドでごまかす日々を送りながら潰えるのを待ちわびており、そろそろ隠し通すにも苦しい日数となってきている。 それでも晒す選択肢など初めから存在しないので、ナキツを心配させてしまうのは心苦しいが、気に掛けられる度に焦りを抱えながらもなんとか怪しまれずに過ごせていると無理にでも思い込むことにしている。 「有仁もだいぶ怪我の具合良くなってきたよな。あ、つってもお前、顔は大して怪我してなかったか」 「ん? そッスね~! ゴーグル野郎も流石におっとこまえなこの顔を傷付けるのは躊躇(ためら)ったようッス!! キラリッ!」 「お、おう……。そうかよ……」 「ちょっ、真宮さん!? そこは鋭く突っ込んで欲しいッス~! 手ェ抜いちゃダメッ! そんなんじゃヘッド失格ッスよ!」 「いや俺エンジュって野郎知らねえし……。リアクションにもいちいちメンドクセエ注文つけてくるようなお前が相手じゃ、ソイツも苦労させられてそうだな……。お前の相手するのが嫌になったんじゃねえの」 「それは一理ありますね。有仁の相手は疲れますから」 「な、なにを~! ナキっちゃんまでヒドイヒドイ! あの時あんなに熱い友情を深め合ったのに! 裏切る時は一瞬ね!」 ヴェルフェとの一件では、エンジュという名の青年と火花を散らしていたようであり、有仁の口振りからゴーグルがトレードマークであろうことが窺える。 すでに得ていた情報では、ヒズルと然して変わらぬ程の長身であり、金髪を後ろで一つに(まと)め上げられる程度には髪が長く、好戦的な笑みを湛える荒々しい性格の持ち主のようだ。 有仁も決して弱くはないが、エンジュとの一騎討ちでは苦戦を強いられていたようであり、ヴェルフェというチームの中では上層部に位置付けられていると考えられる。 ナキツが手合わせをしていたヒズルも相当の実力者であり、そのような彼等が対等に肩を並べていたことからもヴェルフェという組織の中での位の高さが窺え、漸により近しい存在であろうことがよく分かる。 「で、真面目な話。お前から見てエンジュの実力はどうなんだ?」 賑やかな笑いの後、カップを置いて有仁へと視線を注ぎ、チームのアタマとしての表情をして唇を開く。 エンジュとぶつかり合いながらも大した怪我をしなかったことは救いであるが、実際にこの目で姿を見ていたわけではないので未だ情報に乏しく、金髪の青年についてはよく知らないでいる。 それだけに良い機会なので有仁から当時の話を聞こうと切り出し、すぐにも空気を読んで向かいの青年からふざけた雰囲気が多少なりともなりを潜めていく。 「う~ん。正直な話ッスけど……、あのまま最後まで付き合わされてたらやばかったかもしれないッス……。アイツ相当強いッスよ。しかもバトルが楽しくて仕方がないって感じ」 「へェ……、ソイツそんなに強ェのか。しかも喧嘩好きときた」 「ちょっと……、なに嬉しそうな顔してんすか。俺の身を案じてくれるかと思いきや」 「え? ああ……、やり合ってみてえなあって、思ってよ……」 「ここにもバトルが楽しくて仕方がない同類いた……。ときめくとこおかしいっしょ……」

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