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vibrant
「それにしても……、あの銀髪野郎がヴェルフェのヘッドとは驚きッス……。灯台もと暗しもいいところッスよね~」
時おり珈琲を飲みながら有仁の様子を眺めていると、見るからに甘そうな色とりどりのケーキへと視線を注ぎ、次は何にしようかと迷いながらも目を輝かせている。
それ全部食う気かよ、とついつい呆れてしまうも、今に始まったことではなかったと思い直して溜め息を漏らし、それにしてもホントよく食う奴だよなあと感嘆しながら視界に収める。
「まさか敵陣とも言える場所へ、首謀者が自ら出向いてくるとは思いもしませんでした。欺けるという自信が……、あったのでしょうね」
「まあ実際まんまと欺かれちゃったわけなんすけどね! 大体にして、あの見た目は卑怯ッスよ~! 人の良さそうな笑顔浮かべられたら問答無用でコロッと信じちゃうッス!」
チョコレートケーキへと狙いを定め、相変わらず嬉しそうな表情でうきうきしている有仁を眺めながら、交わされている話を聞く。
ナキツと有仁がヴェルフェを現在掌握している漸と初めて出会ったのは、当時まだ目覚めていなかった鳴瀬を見舞う為に訪れていた病院であり、それ以来は顔を合わせていないと考えられる。
最もあの頃は、漸が鳴瀬を傷付けた直接の要因であり、ヴェルフェを統率している存在であることは伏せられていた為に、初対面から暫くは彼のことを無関係な人間であると位置付けていた。
しかし実際は、漸が命じるがままに執り行われた一件であり、分厚い皮を被っていた外面をあの時点で引き剥がせなかったことを悔やんでも全てが手遅れであり、歯車はとうに狂ってしまっている。
欺けるという自信を持っていたのだろうか、まんまと品の良い顔立ちから紡がれる物腰柔らかな言動に振り回されてしまった身としては何も言えず、結果として彼はナキツや有仁をも自分のペースへと巻き込んで信じ込ませてみせた。
良くも悪くも、漸という男には人を惹き付けるような才が備わっており、だからこそヴェルフェの頂点へと君臨して意のままに手駒を操れているのだろう。
「例え、あの場でバレていたとしても……、アイツにとってはどっちでも良かったんだろうな」
「嫌な性格ッスよね~。俺達の反応を見ながら内心ニヤニヤ楽しんでいたのかと思うと……、くうっ~! ぶん殴ってやりたいッス!」
全く意図を読み取れないでいる銀髪の青年を思い浮かべ、引き摺り出されそうになる一夜の出来事を追い払いながら、状況を楽しんでいた彼にとっては素性を欺くことなど然して重大ではなかったのだろうと今にして思う。
事態がどう転ぼうとも、きっと彼には思い通りに事を運ばせる自信があり、最終的にはその通りになってしまったと認めざるを得ない。
「リスクを背負ってでも……、真宮さんに会う必要があった……。鳴瀬さんよりも、貴方に……」
傍らから声を掛けられ、聞き捨てならない台詞を紡がれたような気がしつつ視線を向けると、すぐにもナキツの横顔が映り込む。
ティーカップへと触れてはいるものの、飲まずに何事か思案しているような表情を浮かべており、暫くは黙してじっと手元を見つめている。
何故そのようなことを口走るのか分からず、ヒズルあたりにでも何か吹き込まれたのだろうかと過らせながら、すぐには返答をせずに言葉を選んでいく。
「実物がどんなものか見てみたかったと言っていた。俺のことは、鳴瀬から話を聞いて知っていたらしい。ただそれだけのことだ」
「もしかして真宮さんとお近づきになりたくて、ヴェルフェのヘッドになっちゃったとか!?」
「有仁……」
「わはっ! ごめんごめん、ナキっちゃ~ん! 冗談ッス! ていうかなんでナキっちゃんのほうが怒ってんの!?」
フォークを持ちながら両手を合わせ、ナキツにせっせと謝罪を繰り返している有仁を視界に収めつつ、ぼんやりとしながら徐々に思考の渦へと呑み込まれていく。
目的があって近付いてきたとは、到底思えない。
断言するのはまだ早いかもしれないけれど、結局のところ漸からは何も核心に迫るような事柄は紡がれていない。
きっと初めから、一連の言動に埋もれている理由など皆無であり、好奇心という名の下に面白半分で近付いてきただけなのだろうと推測する。
だがそれを認めてしまうと、漠然とした興味のみで迫られていいように振り回されてしまったことになり、嫌でも過る失態に情けなさばかりが倍増していく。
恐らくヴェルフェの頂にも然して執着は無く、偶々便利そうだから利用しているだけなのであろう。
本当に意図するところは分からず、彼の思考など紐解けなければ知りたくもないのだが、一筋縄ではいかない人物であることだけは明らかであり、どのようにしたらヴェルフェから力を失わせられるのか考えるだけで頭が痛い。
「もう鳴瀬が仕切っていた頃のチームとは違う。今のヴェルフェは、何を仕出かすか分からない。アタマの考えてることはもっと分かんねえけどな……」
「またディアルに絡んでくるようなことがあったら、その時は蹴散らしてやればいいんすよ! 今度こそ叩きのめしてやるッス!」
「有仁の言う通りです。俺達は、いつでも動けます。ヴェルフェが行く手を遮る時には、今度こそ嫌という程に身の程を思い知らせてやりましょう」
「ああ……、そうだな」
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