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vibrant
ゆくゆくはヴェルフェを壊滅させ、頂から漸を引きずり下ろすつもりだが、今ディアルの面々を立ち入らせるには抵抗があり、特に銀髪の青年とは関わらせたくないと思ってしまう。
無意識に包帯を巻いている腕へと触れ、複雑な心境を滲ませながら振り払えない青年の姿に歯噛みし、思考を囚われている異常さにすら気が付けないまま時を過ごす。
アタマさえ打ち負かせば、全てが終わる。
それならば自分一人で十分であり、誰の手を借りる必要もなければ元より加勢してもらうわけにはいかず、あの忌まわしき出来事を知られるわけにはいかない。
すでに彼等を騙すような形で向き合っている現実に罪悪感を抱えており、それでもあの一夜を知られてしまうよりは遥かにマシである。
なんとしてでも自分の手で終わらせなければ、あの男を舞台へと引きずり出さなければという焦燥感に駆られつつも、冷静さを欠かぬよう己を叱咤する。
「あ、それで思い出したんすけど、マガツってチームあるじゃないすか。最近よく聞くッスよね? あの低俗な真似ばっかしてるチームっすよ」
「マガツ……。確かに、いい噂は聞いたことがないな。恐喝などを繰り返して方々で幅を利かせているそうですね」
暗く濁った淀みへと手を引かれそうになっていると、いつの間にかヴェルフェの話題はひとまず終了していたらしく、有仁が何やら思い出してマガツというチームの名を口にしている。
ナキツは紅茶を一口飲み、静かにティーカップを置いてから何事か考えるように間を空け、マガツについて知っている事柄を少しずつ言葉にしていく。
骸と同様に、以前から存在していた集団ではないのだが、決して褒められない行為を嬉々として繰り返していることから悪目立ちしており、関わりはないにしろマガツを知っている者はそれなりに多いであろう。
近頃は一般人にまで手を出しているらしいが、真偽の程は定かではない。
だが、とにかく下衆の集まりだという認識だけは間違えようのない事実であった。
「そうそう! そ~んな無法千万なマガツちゃんがつい最近……、潰されちゃったらしいんすよね。これは確かな情報ッス」
「潰された……? ということは」
「壊滅ッスよ。マガツっていうチームはもう……、今は何処にも存在してないんす」
予想外な言葉を聞き、あちらこちらから恨みを買えどもしぶとく生き残りそうな印象であっただけに、唐突なまでに突き付けられた壊滅という単語に少々驚いてしまう。
「チームを荒らしてる骸って奴等の仕業なのか?」
「まだ断定は出来ないッスけど……、マガツ潰しに骸の直接な関わりはないと思うんすよね~。まあこれは俺がそう感じてるだけなんで、聞き流してほしいんすけど……」
「なんでそう思う。話してみろ」
「う~ん……。骸のやり口はなんていうか……、チームを荒らして潰してやりたいっていうよりは、ただちょっかいを出して反応を楽しんでいるだけみたいなところがあるんすよね。子供っぽいっていうか……、まあ分かんないすけどね! へへっ!」
「マガツの潰され方は……、それだけ異常だってことか」
有仁は、普段こそおちゃらけた印象が強く真面目な一面などなかなか見せてはくれないが、洞察力が鋭く頭の回転も速い。
限られた情報から骸のチームカラーを自分なりに見出だしており、十分信用に値する解釈であろうと考える。
有仁の言葉を借りれば子供っぽい行為に励んでいる骸が、マガツ潰しに絡んでいないと感じられるということは、それだけ凄惨な現場であったに違いない。
「これは俺の憶測なんで、断定は出来ないッス。マガツ潰しの現場は、相当悲惨な状態だったらしいんすよ。メンバー全員一人残らず、その日其処にいなかった奴等も逃さず徹底的に潰されて、跡形もなくマガツの存在は消えたそうッス。そんな惨いことを平気でする奴等っていったら……」
「ヴェルフェか……」
「決め付けるにはまだ早いかもしれないッスけど、やりそうな奴等っていったらそこしか思い浮かばないッスよね」
「ヴェルフェであるならば、どうしてマガツなんでしょう……。接点は何も無いように思うんですが」
「そんなもん奴等には関係ねえんだよ。目障りに思えて潰した可能性も十分に考えられるだろ。いちいち理由を求めたところで、納得するような回答なんて返ってこねえよ」
現場を見て確かめたわけではないにしろ、一縷の救いすらない程に痛めつけられて壊滅させられたという情報だけで連想してしまうくらい、ヴェルフェという群れが如何に悪逆無道な位置付けにあるかがよく分かる。
鳴瀬が座についていた頃からは考えられないが、本来ヴェルフェが持ち合わせているチームの特色からすれば、漸が頂に君臨している今こそが本来の姿であり、マガツを潰していたとしても何ら驚くような事態でもないのだ。
マガツというチームが一つ消されたところで同情も湧かないが、そこまで追い詰める必要はあったのだろうかと疑問を浮かべずにいられない。
考えるだけ無駄であり、あの面子を脳裏に過らせるだけで答えなど出ているようなものであり、単なる暇潰しか、気が向いたからか、はたまた邪魔であったからという理由にもならない事情しか思い付かない。
ヴェルフェが手を下したという証拠はまだ無いが、関わっているとしか思えない自分が居り、一体何のつもりなのか見当もつかない諸行の数々に苛立ちばかりが募っていき、気を紛らわせるように珈琲を一口飲む。
けれども味なんてとうに分からず、見た目からは想像もつかないくらい虚ろな世界にて佇んでいる漸を思い浮かべてしまい、心中を掻き乱されながら拳を握り締める。
もう何度考えては散らしてきたかも分からない人物をまたしても過らせてしまい、その度に自分が自分でいられなくなってしまうような気がして焦り、ぶつけようのない憤りに駆られながら八方塞がりに陥る。
あの一夜から解放されても、悪夢は終わるどころかまだまだ続いている。
その身から離れているだけでは不十分であり、何処かで平然と息をして過ごしている男を野放しにしているわけにはいかないと、そう思いながらも顔を合わせなければいけないと思うと不愉快で避けたいとも思ってしまい、抱える心情は日を追うごとに複雑さを増していた。
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