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vibrant
「今日はまた随分と可愛らしい言い合いでしたね」
「ンだよ……、なんか文句あんのか……」
「文句だなんてとんでもない。有仁に困らされてる真宮さんは、普段なかなか見られない可愛らしさが滲み出ていていいと思いますよ」
「何がいんだよ、よくねえよばかやろぉっ……」
「あ、とうとう音 を上げてしまいましたか。もう少しの辛抱ですよ。頑張りましょう」
お前の言動も問題なんだよと言ってやりたいものの、然程事態は変わらないような気がしてならない。
せめて此処から脱したいと願っても、まだ有仁の前にはいくつもケーキが残されており、盛大に溜め息を吐きながらガックリと肩を落とす。
「お、もうこんな時間か~。真宮さん、この後の予定ちゃんと覚えてるッスよね!?」
泣きたくなってきたなあと弱気になりながら外を眺めていると、腕時計を一瞥してから有仁が声を上げ、ズイと身を乗り出して話し掛けてくる。
「この後……? なんかあったか?」
「アアァッ~! もうヒドイッス! 真宮さんのポンコツ!」
「おい、やめろ……。言っておくが今の俺はいつもの倍ガラスのハートだぞ。傷付きやすいんだぞ」
有仁が盛大に頭を抱えながら信じられないッス! と騒いでいる姿を前に、そんなこと言われても仕方ねえだろと思いながらも助けを請うように傍らへと視線を向ける。
「今夜は有仁の友人が、ライブをするそうですよ」
「あ……、そうか。それ今夜だっけか」
「そうッスよ~! もう忘れないで下さいよ、真宮さんのバカバカバカッ!」
「悪かったって。で? 場所は何処だ」
「案の定忘れてるしィ~、もう仕方ないッスね~! ゾディックっすよ! クラブゾディック!」
「なに……? ゾディック……?」
軽い気持ちで場所を問えば、返ってきた言葉があまりにも予想外で思わず目を丸くし、一瞬何も考えられなくなってしまう。
聞き間違いかと思いたかったが、確かに有仁の唇からはクラブ ゾディックという不吉でしかない羅列が紡がれており、あの場所以外にはないと頭では分かっている。
だが簡単には受け入れ難く、まさかそのような名を紡がれるとは思っていなかった為に動揺してしまい、同時に悪しき青年が脳裏を過って息を呑む。
「真宮さん? どうしたんすか、ぼーっとして」
「真宮さん……? どうかしましたか」
「いや……、なんでもない。そこでやるんだな」
「うんうん! そうッス、そうッス!」
今となっては忌まわしき場所の一つであるクラブ ゾディックには、漸と恐らくはヒズルも出入りしている。
余計なことを告げてあの夜の出来事を引き摺り出されるのを恐れ、ゾディックでヴェルフェの面子に出会したことは伏せていた。
それが裏目に出てしまったのか、正しい選択であったのかも分からないままにゾディックへと足を踏み入れる機会が訪れてしまい、よりによって今回は仲間付きである。
一人であればまだ立ち回りにも選択の幅が広がるけれど、ナキツや有仁に限らず、他にもディアルの面子が今夜訪れるであろうその場所で何処まで抗えるだろうか。
銀髪の青年から逃げ出すつもりはないのだが、今夜に限っては顔を合わせたくはない。
自分だけではない、あの時の状況とは全く違い、今宵はチームのメンバーと共に店へと行かなければならないのだ。
そんな場所で対面してしまった暁には、あの男は何を口にするであろう。
実際に起きた出来事など互いしか知らないけれど、もしも明かされてしまったならばきっと冷静ではいられなくなる、少なからず動揺を表に出してしまう。
「あそこはライブも出来るんだな」
「そうッス! 結構広いからね~! かなり盛り上がると思うッスよ~!」
嫌な汗が出そうな心地の中、二人の会話を聞き流しながら思い詰めた表情をし、腹を括るしかないと思っても今夜だけは顔を合わせたくはない。
忌々しい台詞の数々が思い出され、間近で感じた熱を孕む息遣いをも蘇っていき、懸命に振り払いながらとりあえずは出向くしかないのだと奮い立たせる。
薄暗い箱庭で多くの人が殺到し、きっと場内はごった返すことであろう。
逃げも隠れもしないが、出来ることなら顔を合わせたくはないだけに、もしも居たとしても悟られぬままに終われと思ってしまう。
何故その場所であるのかと考えても意味がなく、舞台はすでに用意されているのである。
「打ち上げもあるし、今夜も楽しむぞ~!」
「つうか、そんなに食べてて大丈夫なのか……? 有仁」
「ん、だいじょぶだいじょぶ~! 開演までには消化するんで!」
「その自信は何処から湧いてくるんだか……」
「へへっ! さ~て、ケーキ食うぞ~!」
残されているケーキへと再び注目してフォークを遊ばせ、まだまだ余裕がありそうな有仁は相変わらず楽しそうに食べ続けている。
流石のナキツも呆れてしまい、紅茶を飲みながら有仁の様子を窺っており、そんな二人のやり取りを聞いて自然と眉根を寄せてしまう。
こんなにも早く、機会を与えられるとは思わなかった。
まだ其処にいるとは限らないけれど、取り巻く予感には嫌な影ばかりが這い回っており、何かしら起こりそうな気がしてならない。
張り詰めていく空気を悟られぬように細心の注意を払いながら時を過ごし、二人の会話に参加して少しでも気を紛らわせようとする。
刻一刻とその時は迫り、呑み込まんばかりの暗がりから手招きでもされているかのような、漠然とした薄ら寒さだけが背筋を緩やかに撫でていた。
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