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vibrant
「真宮さん? どしたんすか」
灰皿へと煙草を捩じ込み、一旦ヒズルから視線を逸らして立ち上がると、目の前で佇んでいた有仁が不思議そうに声を掛けてくる。
「すぐ戻る」
ナキツや有仁と共に、周りにはチームの面々が集っており、これからヴェルフェのヒズルと話をしてくるとは口が裂けても言えない。
明かそうものなら殺気立つことは明白であり、願わなくともあの夜を再現してしまうかもしれない。
今、この場での争いは出来る限り避けたい。
だからこそ気は進まないがヒズルの誘いに乗り、何を企んでいるのか全く分からない青年の元へと、放っておくわけにもいかないので出向こうとしている。
だが、大いに敵対しているといっても過言ではないヴェルフェを相手に、仲間が居る場所で長時間顔を合わせているわけにはいかない。
いつかは潰してやるが、今夜はその時ではない。
手短に済ませなければと思いつつ、まずはどうやって怪しまれずに此処から立ち去るかという難題に直面し、精一杯の平静を装いながら歩き出そうとする。
「あ、ションベンすか~!? おトイレならあっちッスよ~!」
「大声で言うんじゃねえよ。ったく……、そういうこと。そこにいろよ」
決してそうではないのだが、有仁から紡ぎ出された言葉へ丁度いいとばかりにまんまと乗り、下手な言い訳を考えるよりも余程自然に離れることが出来る。
口から生まれたのではないかと思うくらいにお喋りが大好きな有仁に感謝しつつ、誰もついてこないようそこにいろと釘を刺し、まずはトイレがある方角へと素直に向かっていく。
人波へと紛れ、何処も彼処も薄暗く設定されているお陰で行方を眩ませることは容易く、死角に入ったところで本来の目的地に向かっていく。
どうしてここまでしてヒズルに会わなくてはいけないのかとうんざりするも、初めからそういう運命だったのだと潔く諦め、青年の姿を大人しく捜し求めることにする。
時おり仲間が居るであろう方向を気に掛けつつ、他にもまだ何処で何をしているのか分からない面子がいる中で、不穏な行動をして目立たないようにするだけで精一杯である。
周囲へと気を配りながら歩き、あの野郎は何処で何してやがると苛立ちを募らせ始めていたところで、不意に腕を取られて立ち止まる。
「久しぶりだな。思っていたより元気そうだ」
見れば目の前にはヒズルが居り、首筋に刻み込まれている印を仄かな照明の下で確認する。
「……どういう意味だ」
「奴とやり合った割には、ピンピンしていると思ってな。やはりお前は、俺が思っているよりもずっと強いようだ」
人目を避け、多くの男女で溢れている一角にて身を潜め、黒髪の青年と不服ながらも再会を果たす。
相変わらず表情は無く、以前にも此処で出会った時のように淡々としており、腹の底で何を考えているかなんて分かるはずもない。
今夜は一体いつから居たのか、警戒を怠らずに過ごしてきたつもりなのだがこれまで気付かず、つい先ほど入ってきたようにはとても見えない。
ヒズルが居るということは、やはりあの男、ヴェルフェを現在掌握している漸も、この箱庭の何処かに居るのだろうか。
漸だけとは限らず、もしかしたら他にもヴェルフェの面子がそこかしこで息を潜めているかもしれず、のこのこと誘いに乗ってしまって良かったのかと今更ながら焦りが滲み出す。
「安心しろ。特に何も企んではいない」
「テメエの言うことは信用出来ねえ」
「構わないが、ヘッドともあろうお前が、そんなに簡単に心を乱されていていいのか?」
「うるせえなっ……、テメエ一体何の用だ。こんなところで呼び出しやがって。手短に済ませろ」
苛立ちを隠しもせずに牙を剥き、喰って掛かる勢いで詰め寄っても何処吹く風であり、ヒズルからは何の感情も得られないでいる。
ただ一つ、煙草をよく吸う奴だということだけは分かり、一見すると冷淡とも思える眼差しを向けながら紫煙を燻らせている。
「前回と違って、今日は随分とお前の仲間が居るようだ。今夜は何の目的があって此処へ来た」
「なんでそんなことをいちいちテメエに教えなきゃならねえんだよ。自惚れんじゃねえぞコラ」
「大方ライブでも見に来たというところか。此処で俺と奴に会っていたことを、どうやら仲間には明かしていないようだな」
「……だったらなんだ。知ったふうな口聞きやがって。大して用もねえんなら帰るぞ」
「まあ、待て。そんなに怒るな。何もお前と争う気はない。今のところはな……?」
此処へとやって来た理由を問われるも、正直に打ち明けるなんて我慢ならず悪態をつけば、初めから予想していたようで勝手に自己完結されてしまい、それが当たっているだけにますます機嫌を損ねる結果となってしまう。
それでもヒズルは何を考えているのか分からず、その場で立ち尽くしたまま時おり煙草を吸っており、漸の相手をするのも虫酸が走るくらいに嫌だけれど、この男と相対するのもどっと疲れるなと溜め息が漏れそうになる。
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