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vibrant
「テメエらヴェルフェも此処へ来てるのか」
「お前達程ではないが、まあ何人かはな」
「そうか……」
「ぶつかり合うんじゃないかと心配か? 仲間の身を案じている顔をしているな」
「だからテメエッ……、知ったふうな口……」
「何もしないさ。もっとも、奴から号令が下れば話は別だがな」
ヒズルが言う奴とは、ヴェルフェを統率している漸のことであり、トップからの命令であれば何でもするであろう意思が垣間見える。
漸より下位であろうことは間違いないが、その他大勢に埋もれるような存在とはとても思えず、トップに対する口振りから考えても相当上位に位置付けられているのがよく分かる。
とは言え、近しい存在であろうともどのような上下関係が築かれているかは不明であり、謎ばかりが深まっていくチームだと思う。
「その腕はどうした」
彼等について考え、それでもなかなか明確な答えを見出だせないでいると、不意に声を掛けられて次には腕を取られる。
突然の出来事に驚き、ハッと目を見開いて視線を滑らせれば当然のようにヒズルが居り、包帯を巻いている手首をじっと見つめている。
それだけでざわざわと途端に心中が騒がしくなり、背筋を冷たいものが流れていくようで居心地悪く、大丈夫だと言い聞かせても漠然とした焦りを止められないでいる。
「関係ねえだろ」
「奴が原因にしては日が経ち過ぎているな。何処の誰に絡まれた」
「テメエに話す義理はねえ。いい加減離せ」
バッと勢い良くヒズルの手から逃れ、漸との忌まわしき出来事を勘繰られるような展開にならなくてホッとするも、未だにあの夜の一件を原因として包帯を巻いていることに限界を感じている。
有り得ないとばかりに漸が関わっている可能性を切り捨てられる程度には、ディアルとヴェルフェがぶつかり合ってから時が過ぎ去っている。
もう少し、あと僅かで憎らしい証を完全に消し去ることが出来るのだ。
他の誰にも悟られるわけにはいかず、ヴェルフェのヒズルなんてもってのほかであり、彼に話すようなことは流石にしていないだろうと確信している。
言い様のない感情に捕らわれて自然と拳を握り、ヒズルの視線から逃れるように目を逸らしてしまい、今自分が何をするべきなのかが分からなくなって立ち尽くす。
「俺や漸が居るかもしれないと承知の上で、今夜は此処へ来ているんだろうな」
「当たり前だろ。用事でもなけりゃ、わざわざテメエに会うかもしれねえ場所に足運ぶわけねえだろ」
「あの扉の先に、漸がいるぞ」
「なっ……」
「会っていけ。そこに漸がいると分かっていて、逃げ出すお前ではないだろう」
「テメエッ……、初めからそれが目的かよっ……」
やはり漸も来ているようであり、頼んでもいないのにヒズルから現在の居所を明かされてしまい、どうやら最初から顔を合わせることを目的に呼び出していたようだ。
不満を露わにしながらも視線を向ければ、指し示された方向にきちんと扉が立ちはだかっており、その先にはヴェルフェのアタマである漸が居るらしい。
このような場所で犬猿の仲とも言える青年に会わせて、この男は一体何がしたいのかと思いながら睨み付けるも、考えるだけ無駄な時間を過ごしてしまうだけである。
クソッ……、やっぱこうなっちまうのかよ……。
「どうした、真宮。逃げ出したい気分か」
「テメエ一体どういうつもりだ……。そんなにぶつからせてえのか」
「言っただろう。退屈が嫌いなだけだと」
「テメエのお楽しみの為の駒じゃねえんだよ、俺は」
「なら、どうする。このまま会わずに尻尾を巻いて逃げるのか? まあ、俺はそれでも構わないが。残念だな」
「くっ……、テメエ」
そんな言い方をされてはますます退けなくなることを知っているかのように、どんどん此の身から選択肢を奪い取っていく。
何を考えているのか全く分からず、恐らくは漸も、ヒズルから会いにいけと言われている現状を知らないのではないかと思う。
それ以前に、此処に居ることを知っているのかすら甚だ疑問であり、ヒズルの思い付きの元で強制的に会わねばならないという展開へと運ばれようとしている。
ヒズルからしてみれば、そうなれば面白そうだからというだけなのだろうが、此方としては出来る限り今夜は避けて通りたかった。
あれから一度も顔を合わせていない漸が、目と鼻の先で過ごしている。
ひと度まみえれば冷静ではいられず、殴り掛かってしまうかもしれない。
目前の男は、互いのチームの内情を引っ掻き回して何をしようとしているのだと問い質したところで、きっと満足のいく回答なんて得られないのだろう。
本当にただ自分が楽しみたいだけなのだろうか、それが群れ同士ぶつかり合う結果となってしまっても良いのだろうか、寧ろそのような混沌とした展開を望んでいるというのだろうか。
その目を見つめても意図なんて分かるはずもなく、ここは大人しく言うことを聞いてやるしかないのかと半ば諦め、それでも不服で仕方がなくて溜め息が漏れていく。
「恨むぞ、テメエ」
「まあ、そう言うな。奴も此処で潰し合おうとは流石に思わないはずだ。安心しろ」
「別にそういう意味で言ったんじゃねえよっ。いちいちムカつく野郎だな……」
「そうか、それは悪かった。反省しておく」
「そんな真顔で言われてもな……」
もう付き合っていられないとばかりに背を向け、あれからどれくらい時間が経っているのだろうかと気にしつつ、新たな寄り道が出来てしまって眉を寄せる。
ヒズルの意のままに操られているようで不満だが、其処にいると分かっていて背を向けるなんて出来ず、そんなに会わせたいのなら望み通りに動いてやると歩を進めていく。
だが対面してどうする、何を話す、拳を交えるのか、あの男と冷静な場など設けることが出来るのだろうか。
一体俺はこれから何の為にアイツに会いに行く……、あんなことがあって俺はどんな顔をして……。
忌まわしくて目を背けたい過去の様相が脳裏を掠め、やめろ、見せるなと拒絶しながら歩いていくと、すぐにも行く手を阻んでいるかのような扉へ辿り着く。
気分なんて晴れるはずもなく、先の展開を予想出来ないままそれでも背を向ける選択肢など初めから用意されておらず、冷静になれと言い聞かせながら取っ手へと指を添える。
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