85 / 343

vibrant

顔を合わせたくない気持ちとは裏腹に、すんなりと扉は開いて我が身を招き入れていき、広がる視界には通路が続いている。 何処へ繋がっているのかは不明であり、そもそも一客が出入りしていい場所なのだろうかと過るも、此処まで来て今更引き返すなんて情けない。 ヒズルの口振りでは、扉の先に漸が居るとのことであったが、今のところ気配すら感じられないでいる。 先ほどまでの騒々しさが嘘のような静寂で満たされ、雰囲気すらも一変している通路は酷く寒々しく、途中明滅を繰り返している電灯を目にする。 非常口にでも通じているのだろうかと思いつつ、角を曲がると視線の先には人影があり、髪の色を見て一気に警戒感を露わにする。 「ねえ、漸。うちらと遊び行こうよ。いいでしょ?」 「最近全然遊んでくれなくて寂しかったんだから! もう今日は絶対離さないからね!」 一目で渦中の人物であると察するが、壁に背を預けている漸の前には二人の女性が居り、媚びるように甘えた声が聞こえてくる。 露出が多く、派手な装いで銀髪の青年へと寄り添い、彼を連れて何処かへと行きたがっている。 二人とも踵の高い靴を履いており、よくそんなもん履いて転ばねえもんだよなとつい考えてしまいつつ、このような場面に出会すとは全く思っていなかった。 それだけにどうすればいいものやらと戸惑い、間を割って入っていくような気分にもなれず、そこまでして漸と話したいことなんてない。 だが、それなら戻ろうかと踵を返すのもなんだか癪であり、そのような姿を想像するだけで酷く滑稽に映る。 「ごめんね。今度埋め合わせするから。今夜は許してほしいな」 柔らかな声音で囁くように語り掛け、見上げている女性達の頬へ触れると、微笑を湛えながら交互に視線を向けていく。 それだけでうっとりとした様子で、他には何も映らないとばかりに夢中であり、すりと頬を触れさせながら目前の青年にすっかり骨抜きにされている。 「どうしてもダメなの? 絶対?」 「うん、ごめんね。人を待たせてるんだ」 「え、それってもしかしてヒズルくん? ヒズルくんも誘っちゃえばいいじゃん!」 「ヒズルくんもかっこいいよね~! あのミステリアスな感じが超イイっていうか~! 一緒に遊びた~い!」 「こら、俺の前で他の男の話をしないの」 「あ~ん、ごめん! 漸が一番に決まってるから!」 「うちら漸しか見えてないもん!」 「ホントに……? 俺だけ見てくれてる……?」 「そんなの当たり前! 漸のこと大好きだもん!」 本性を目の当たりにした今となっては、溜め息が出そうなくらいに茶番劇が繰り広げられていることがよく分かり、なんだこれはと若干呆れながらも傍観者に徹している。 露程も思っていないくせに、よくもまあそんなにもスルスルと心にもないことを言えるものだなと思うも、女性達は尚もときめきを隠しもせずに盛り上がっている。 「俺も……、すごく可愛いと思ってる」 そう言って視線を向け、少なからず気を抜いていたこともあってか、前触れもなく目が合って動揺する。 いつから気付いていたのかは分からないが、驚いている様子は微塵も感じられず、唇からは相変わらず女性達への言葉が紡がれている。 視線を交わらせたまま、漸を独占したくてたまらない二人との会話を耳にしつつ、彼の双眸はじっと此方へと注がれている。 「アレ……? あの人、誰?」 漸の顔を見上げた際に、何処か別の場所へと視線が注がれていることに気付き、やがて二人の瞳にも映り込んでしまう。 なんとも居たたまれない展開になってしまい、名乗るほどの者でもないだけにどうしたものかと思いながら、継ぐべき言葉を巡らせていく。 「俺の特別な人」 「え~、うそ! ずるいずるい! 紹介してよ~! 漸の周りってかっこいい人ばっかりだよね!?」 「ダァメ。また今度……、いっぱい遊んであげるから。ね?」 「う、うん……。約束だからね……?」 一旦此方から視線を外し、二人を交互に見つめながら諭すように紡いでいくと、女性達は頬を染めて難なく引き下がっていく。 甘えた口調で名残惜しそうに漸へと触れ、瞳を潤ませている二人の髪を青年が撫でてやると、区切りがついたのかコツコツと踵を鳴らして女達が離れていく。 二人が手を振れば、銀髪の青年もにこやかに応えて手を振り、女性達は身を寄せ合いながらこの場を離れていく。 擦れ違うまでに幾度か視線を感じつつも、一瞥もせずに佇んだまま視界には漸だけが収まっており、いつ何が起こるとも分からないので再び警戒を強める。 ヒールの音が重なり合いながら高らかに響き渡り、次第に気配が遠ざかっていくのを感じつつ、一帯を現在支配しているのは静寂のみであった。 「久しぶり。まさか真宮ちゃんから会いに来てくれるとは、出向く手間が省けた」 「……成り行きだ。テメエなんか顔も見たくねえ」 「そんな寂しいこと言うなよ。俺と……、お前の仲だろ? 真宮……」 「うるせえっ……」 含みを持たせた言い方に背筋が戦慄き、何を指し示しているのか嫌でも分かってしまう自分が恨めしく、広がりそうになる過去の情景を懸命に振り払う。 視線の先で微笑んでいる男こそが諸悪の根源であり、あの日に出会ってしまったが為にもう随分と頭の片隅から離れず、ヴェルフェのヘッドを叩きのめしてやることだけを日々考えている。 相変わらず整った顔立ちをしている青年は、胸中に何を秘めているのかは微塵も明かさないまま、笑みを浮かべてじっと此方を見つめている。

ともだちにシェアしよう!