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vibrant

全然記憶にねえんだけど、と呟きながら視線を逸らし、考え込むような素振りを見せる。 他に気を取られている間に、緩んだ拘束からまんまと逃げおおせて首筋を擦り、じんわりと残っている感触に眉根を寄せる。 「あ、いつの間にか逃げてるし。ズリィなァ、真宮ちゃん。まあ、いいか」 触れる対象を失い、つい先ほどまで首を掴んでいた手が行き場を無くし、するりと腕を下ろした拍子に漸がはたと気付く。 一瞬アレ、と状況が呑み込めない様子で顔を上げるも、すぐにも現状を察して勿体無いことしたなあとぼやいている。 しかし受け入れるのも早く、壁に寄り掛かりながら再び考え事を始めてしまい、尚も彼は記憶の糸を手繰り寄せようと頭を働かせている。 「そんなに昔のことじゃねえぞ。まだつい最近のはずだ」 「ンなこと言ったって、そんなもんいちいち覚えてらんねえの」 そこまで手間取ることかと、助け船を出すわけではないがたまらず声を掛けてしまうと、銀髪の青年から溜め息混じりに言葉を返される。 いちいち覚えていられないという台詞は、憎たらしいけれども彼という人となりをこれ以上ないほどに表しているように思え、改めて相容れない存在であると感じる。 例え鳴瀬の一件であっても、この男にとっては大した印象として残ってはおらず、マガツと同様に今となっては忘れ去られているのだろうか。 あれだけのことをしておいて、何も覚えていないだと……? 鳴瀬について確かめたわけではないけれど、マガツ潰しの現場は相当悲惨であったと聞き及んでいるだけに、罪悪感どころか記憶すら微塵もとどめていない現実が信じられない。 お世辞にもマガツは御大層なチームとは言えず、姑息な悪事にばかり手を染めて調子に乗り、遅かれ早かれ滅びるであろう運命にあった。 彼等のようなやり方で生き残っていけるほど、数多の群れが蔓延る世界もそう甘くはないのだ。 潰されるほうが悪い、それは分かっている。 別にマガツなどというくそったれなチームに同情しているわけでもなければ、一掃されてきっと喜んでいる者のほうが多いはずだ。 それでもどうしてか手放しで現実を受け入れられないでいるのは、目前で首を傾げている青年から大事な感情があまりにも欠落していて、危うさばかりが見え隠れしているからなのだろうか。 「あ~……、もしかしてアレ? 絡んで来た奴等ならいたけど」 「それがマガツなのか俺には判断出来ねえな」 「ま、それでいいんじゃない? それくらい曖昧なほうが、奴等にとってはお似合いなんじゃねえの。どうせ大したチームじゃねえんだろうし、だからこそ簡単に捻り潰される」 話題に取り上げられている人物達が、本当にマガツのメンバーであるという確証は何処にもないのだけれど、恐らくは紛うことなき同一なのであろう。 骸と同じように目につく群れを襲っていたのだろうか、今となっては確かめる術も無ければそこまでするほどの思い入れもないのだが、手を出す相手を間違えたとしか言い様がない。 鬱陶しかったから潰してやった、とは漸談だが、すぐにも興味を失って前線からは離脱し、ヴェルフェに好きにさせた結果であるという。 加減を知らないのか、何処までリミッターが馬鹿になっている奴等ばかりなのだと嫌になるも、嬉々として彼等自らが手を下した結末なのである。 そんな獰猛なけだものの如き集団を、マガツ同様に死地へと追い込むことなど可能なのだろうか。 「それで……? 骸には手ェ出しちゃダメなんて、そんな優等生な発言しねえよな」 微笑を湛えながら視線を注がれ、素性も知れないような集まりの肩を持つ要素なんて何処にもなく、潰したいのなら勝手にすればいい。 ディアルの前に立ち塞がってもそうするつもりであるし、顔も見たことのない骸の寿命はどんどん縮まっており、確実にどちらかが今後息の根を止めるのであろう。 それでもどうしてか、決して彼等の手に渡してはいけないような気がして、声を大にして漸の申し出に返答出来ないでいる。 潰されたって文句は言えない、手を出すからにはそれ相応の覚悟をしなければいけないし、報いを受けなければならない。 だが、物事には限度がある。 漸の手に、彼が掌握しているヴェルフェの腕に抱かれようものなら骸は、確実に第二のマガツとなってしまう。 どうして自分がそこまで気にしてやらなきゃならないと思っても、結局のところは頭から離れなくなってしまう。 この青年達の勝手を、いつまでも許しているわけにはいかないのだ。 「テメエの番なんて回ってこねえ。骸なんていう不可思議な集団は、この手で潰してやる」 「威勢が宜しいことで……。つまらない相手にやられるなよ、真宮。お前は俺のものなんだから」 「誰がテメエのもんだと、ふざけんな」 鋭い眼差しを受け、漸は心地良さそうに微笑むと、さらりと銀髪を揺らして見つめてくる。 双眸に捕らわれ、逸らすことも出来ないままにいつしか動きを封じられ、彼はまたしても近付いて手を取ってくる。 ひんやりとした指輪の感触が掠めていき、ゆっくりと指を絡ませていく様を見せ付けられて、容易く振り払えないのは何故だろう。 「指を絡ませてるだけなのに、随分とたまらないって顔するんだな。誘ってるの……? 真宮」 「ンなわけねえだろっ……。テメエが変なことしやがるから」 「なんだか、いけないことしてるみたいだね。真宮……、このまま二人で逃げちゃおうか」 「なに言って……」 目前で笑んでいる青年は、一体何を考えているのだろう。 いつまで経っても心中を読み取れず、尻尾を掴むどころか掠めることすら出来ないでいる。 手が触れ合い、指を絡ませ合いながら不毛な時を過ごし、どうしてか未だに振り払えずにいる。 彼の思惑が見えない、笑っているようでいて常に凍り付いている眼差しの奥では、一体何を想っているのだろうか。

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