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vibrant

「何も無いなら……、その包帯を解いて見せて下さい」 「え……?」 「出来ますよね。何もないんですから」 「それは……」 どうしていきなり包帯へと目を向けられているのか、状況が呑み込めなくて言葉に詰まる。 こんなものを見てどうする、なんでいきなりお前の目に留まるんだ。 「あの日に出来た傷なら、もうだいぶ良くなっているはずです」 「まだ、痛む……」 「無理はさせません。少し見せてもらうだけでいいんです」 「包帯……、上手く巻けねえし」 「俺が元通りに巻き直します。怪我の具合を確かめるだけです。何故そんなに拒むんですか」 「別に……、拒んでるわけじゃ……」 「それなら何の問題もないはずです。さあ、真宮さん。見せて下さい」 何を言ってもナキツの心を変えられず、あからさまに動揺して視線が泳ぎ、それらが更に青年を苛立たせている事実に気付きもしない。 どうしてそんなにも頑なに拒むのか、何故あの男は隠していると断言し、まるで理由を知っているかのような口振りであったのか。 ナキツの胸中では様々な感情が渦を巻き、制御出来ないところにまで達しかけている。 止めに入るであろう有仁の姿はなく、背筋をざわざわと悪寒にも似た感覚が駆け巡り、血の気が引いて今にも倒れてしまいそうだ。 今までなんとか隠してこられたのに、どうして後一歩のところで邪魔をする。 ナキツが憤りを感じている理由に思い当たらず、慣れない一面に触れて戸惑いばかりが深まっていき、鋭利な眼差しに身を引き裂かれてしまいそうだ。 「なんでそんなに気になるんだよ。大したことねえって言ってんだろ」 「どうして拒むんですか。俺には何か、見せられない理由でもあるんですか」 「なに勘繰ってんだよ。変な気回してんじゃねえよ」 「それなら今すぐ解いて下さい。それで済む話です。どうしてそんなに嫌がるんですか」 「嫌がってねえ」 「嫌がってます」 「だからっ……、嫌がってねえって言ってんだろ。テメエには関係ねえっ……」 お互いに譲らず、平行線を辿って次第に熱くなっていき、冷静さをより一層欠いていく。 子供が駄々をこねているみたいなもので、自分でも呆れるくらいの酷い有り様に情けなくなるが、かといって易々と腕を差し出すわけにもいかない。 どうして今になって突然気になり始め、包帯を取れとまで言ってくるのだろうか。 これまでも幾度となく気に掛けられてはいたけれど、すんなりと身を引いてくれていたし、無理矢理聞き出そうとすることはおろか手首を見せろなんて絶対に要求しなかった。 なんでだ……、なに怒ってんだよ、お前……。 にっちもさっちもいかず、腕を掴んでいた手がするりと落ちていき、急に手首へと触れられて驚く。 「俺には関係ない、ですか。俺の気持ちを知りもしないで、随分と酷いことを言ってくれますね」 「離せっ……。お前いい加減にしろ……」 「いい加減にするのは真宮さんのほうです。そんなにも隠したい何かを、あの男と共有しているんですか?」 「なんで……、アイツの話なんか……」 そこでようやく気が付く、漸が去り際にナキツへと何やら耳打ちしていた事柄を。 あの野郎ッ……、一体どういうつもりだ……。 内部から破壊しようと目論んでいるのか、漸の思惑がいつまでも読み取れずにイライラする。 恐らくはきっと、手首に関する何かしらを囁かれ、漸との間に隠されている秘密を暴こうとしている。 ナキツは頭に血が上っているのか、余裕のない表情でじっと此方を見据えている。 ダメだ、やめろ……、それ以上踏み込むな……。 お前にも、誰にも、こんなこと知られたくない。 「どうしても嫌だと言うなら……、無理矢理にでも暴くまでです」 焦りが絶えずまとわりつき、暑くもないのにじんわり汗を滲ませていると、ナキツが紡ぎ終わると同時に手首を捕まれる。 「おいっ……!」 「……痛くはないんですね」 「そ、んなことっ……」 いつでも優しい笑みを向けてくれていたナキツが、痛いくらいに感じられる苛立ちを湛えて、手首を捕らえて離さない。 その様にどうしてか愕然とし、敵意を向けられているように感じて胸へと突き刺さり、彼の態度に一気に不安を重ねてしまう。 驚くほどに脆くも崩れ去り、自分でも有り得ないと思っていながらも、ナキツの言動に酷く傷付いている。 ナキツのほうが余程苦しんでいるだろうに、信頼している仲間から注がれる怒りがやましさを抱えて生きている此の身を容易く抉り、泣きたい気分になってくる。 「やめろ、ナキツ……」 包帯に手を添えられてびくりとし、途端に可哀想なくらい焦りを募らせて頭の中が真っ白になる。 放っておけばすぐにも暴かれる、ダメだ、やめろっ……、ナキツ……! 「触るなっ!」 想像していたよりも大きく、鋭く発せられた声と共に、ナキツの手を思いきり払い除けて拒絶する。 やってしまってからハッと気付いても、ナキツの驚いたような表情が視界に映り込んでも、最早後になんて引けない。 ここまでするつもりはなかっただけに、なんとも気まずい空気が流れている中で一瞬身を固まらせるも、あのまま暴かれるわけには絶対いかなかった。 でもナキツと視線を合わせられなくて、これではますます怪しまれるだけなのに、もうどうしたらいいのかも分からない。 「あ……、俺」 ナキツがハッと我に返って呟く横を、情けなくも足音荒く通り過ぎて逃げ出していく。 これ以上どうしたらいい、こんなことしても何の解決にもならない、今逃げ出したら尚のこと気まずくなるだけだ。 「真宮さん……!」 後ろから呼び止める声が聞こえる。 どんな顔をして戻るんだ、戻れるのか、どのツラ下げて。 それでも一刻も早く立ち去りたくて、一人になりたくて仕方がなくて、とうに冷静さなんて失っている足は逃げることに無我夢中で走り、扉を開け放って周りになんて目もくれず駆けていく。 俺は馬鹿だ、何やってんだ。 何かあると思わせるだけじゃねえか。 でも、だったらどうしたら良かった。 素直に漸に抱かれたとでも言うつもりか、言ってどうなる、どうにもならねえだろ。 ぐるぐると巡る思考は絶えず迷いを生み出し、頭が痛くて割れそうだ。 何も考えられない、考えたくない。 今はただ、何もかもから逃れたかった。

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