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断罪者
「おい……、俺は見せもんじゃねえぞ」
淡い光の中にて立ち、振り向いて言葉を掛けるも反応は無く、様子を窺われている。
もったいぶってねえで早く来い。
がらにもなく頭を悩ませていただけに、反動によりいつにも増して暴れ回りたい衝動が脈を打つ。
僅かな時でも全てを忘れさせてくれるなら、今はなんだっていい。
暗がりから注がれる姿無き影から、剥き出しの敵意を注がれるだけでも背筋を悦びにも似た感覚が駆け巡り、殺伐とした状況を心地好く感じている。
「いい加減出て来いよ。俺に用があんだろ」
何が潜んでいるかも分からないのに、楽しみで仕方がないとでも言うように、唇には笑みが乗せられる。
今宵も月が気高く存在し、世の営みをただ静かに包み込みながら、これから起きようとしている出来事を見下ろしている。
緊張感が漂う空気を感じ取り、いつしか流れていた風は止まり、暫しの静寂と共に立ち尽くす。
「へぇ~、いつから気付いてたの? 上手く隠れてたつもりなんだけどなあ」
静謐な一時は引き裂かれ、声がした方向へ視線を向けて見ると、草木の狭間から何者かの影が現れる。
闇を背負い、歩を進めていくうちに辺りの光に包み込まれ、次第に正体が露わになっていく。
「……見慣れねえ奴だな。テメエみてえなガキが、満足に喧嘩なんてできんのか?」
帽子を被り、口元をマスクで覆っている男が、距離を置いた先で今立っている。
てっきりがらの悪いいかにもな連中が現れるのかと思いきや、目の前に居なくても自分より遥かに身長が低く、隠していても見るからにあどけなさが滲み出ている。
コイツ……、どう見てもガキじゃねえか。
肩透かしを食らって若干気分が盛り下がりつつ、それでも自信満々に対峙している様子が気に掛かり、何か奥の手でもあるのだろうかと思う。
それにしたってコイツは一体なんだ?
こんなガキの知り合いなんていねえし、今まで会ったこともねえよな……。
そう考えてふと、有仁やナキツとの会話を思い出し、きっとその閃きは間違いではないと確信出来る。
着飾るわけでもなく、いつも通りの装いといった感じの少年を見据え、最近巷を騒がしている集団の名前が喉元からせり上がる。
「お前らが最近大人気の骸ってやつか」
「俺達のこと知ってるんだ。流石はディアルの真宮さん」
「誰彼構わず襲ってるわけじゃねえんだな。初めからちゃんとマトを絞ってるわけか」
「当たり前だろ。アンタがディアルのヘッドってことはもうお見通し。ごまかそうとしても無駄だぜ」
「そんな事するわけねえだろ。寧ろ褒めてやりてえ気分だぜ。わざわざ俺を狙って来てくれたんだろ……? ヴェルフェよりも先に」
「別にどっちが先でも良かったんだけど、随分と余裕なんだね。アンタ今一人なんだろ。油断してると痛い目見るよ……?」
その言葉を合図に、これまで息を殺して潜んでいた者達が続々と姿を見せ、予想していたよりも遥かに多い人数に包囲される。
どうやら今まで話をしていた少年が、現れた群れをまとめているようだ。
映り込む姿はみな、年端のいかない少年ばかりであり、まさかガキの相手をさせられることになるとは何が起こるか分からないものである。
だが、人数をかき集めて取り囲んできた詳備さは褒めてやりたい。
少しは遊べそうだな、退屈しなくて済みそうだ。
例え周りを囲んでいるのが少年ではなくても、見るからに強そうな相手であっても、それがヴェルフェの手の者であっても、拳を交える荒事に恐怖なんて微塵もない。
寧ろ、これから巻き起こる出来事に背筋がざわめき、悪寒のようにぞくぞくと駆け巡る感覚には悦びしか込められていない。
「丁度暴れてえ気分だったんだ。相手してやるからかかって来いよ。少しくらいは楽しませてくれんだろ? なあ」
色気を孕む笑みを湛え、絶対的に不利な状況でありながら、追い込まれるほどに生き生きとしてくる。
相手が少年で、大して腕っぷしも強そうに見えないからといって、決して舐めてかかりはしない。
その代わり、楽しませてくれるんだろうなと獰猛な眼差しを辺りへ走らせ、今にも決壊しそうな波へと意識を注ぐ。
少しの間でもいい、全てを忘れさせてくれるのなら、傷付けようと目論む輩の相手でもなんでも喜んでしてやる。
「不良って、威勢だけはいいんだよね~。大して強くもないくせに、群れていきがってるクズばっかり。どうせお前だって……、今までの奴等とおんなじだろ。ヘッドがなんだよ、偉そうでスゲームカつく」
「気に障ったんなら謝ってやるよ。ごめんな?」
「そうやって笑ってられんのも今のうちだからな……。ホントは内心ビビってんじゃねえの? 泣いたって許してなんてあげないからね」
「泣くくらい楽しませてくれんのかよ。期待させるのがうめェんだな。お陰で疼いて疼いて仕方がねえ。早く来いよ……、とっとと始めようぜ。手ェ抜いたら容赦しねえからな」
微笑みを浮かべて佇み、特に構えもせずに何処からでもかかって来いと待機し、周囲の動きを逃さず気を配る。
舐められているとしか思えない態度に少年達は怒りを見せ、嘲り、そんな戯言を吐いても最後に笑うのは自分達であると信じて疑わない。
今までもそうだった、何人もの不良を襲ってきたけれど、どれも皆威勢がいいのは最初だけだった。
ヘッドだからといってなんのことはない、コイツもその他大勢と一緒なのだと彼等は思い、早く情けなく地を這いつくばって泣き喚く姿が見たいと期待に充ち溢れている。
一体這いつくばらされるのはどちらか、それはこれから嫌でも明かされていく。
一人一人の戦闘力は大したことがないにしても、数で押されては不利な状況であり、まず無傷では済まないであろう。
だが、傷付くくらいなんでもない。
窮地に陥れば陥る程に血が騒ぎ、楽しくて仕方がないと身体がより生き生きと輝きを帯びていく。
一斉に押し寄せてくる波を見渡し、無事では済まないという懸念がありながらも、唇へと乗せられる笑みが全てを物語っている。
荒波のように迫り来る群れの中で、背筋を冷たいものが伝っていくのに、どうしようもないスリルに晒されて心地が良い。
辿り着くのを待っていられず、自らも獣の如く駆け出し、うねり暴れる渦中へと飛び込んでいく。
こうなってしまえば、止められる者など誰もいない。
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