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断罪者
獲物を狙う獣のように、押し寄せる群れの一部へと突き進み、骸との手合わせを開始する。
有仁から聞いていた話では、手当たり次第に幾つものチームを襲い、決して褒められない遊びを繰り返してきた模様である。
やり口が子供っぽいと言っていたけれど、有仁の読み通り少年で構成されている集団であり、相変わらずの洞察力に感心する。
「歯ァ喰い縛れよッ……!」
獰猛な笑みに魅せられ、怯んだ一瞬を逃さず腕を伸ばし、お仕置きとばかりに頬を殴る。
それだけで簡単によろめき、足を縺れさせて周囲を巻き込み、思い思いの武器を落としながら格好悪く倒れていく。
一山崩したところで瞬時に次へと移り、背後から風を切って振り下ろされたバットを避けて素早く掴み、力ずくで少年から奪う。
そうして勢い良く持ち主であった少年の腹部へと叩き入れ、顔を歪めて後退したのを見届けてから次の挑戦者へ移る。
動きを封じんと果敢に飛び込んできた者を投げ飛ばし、一斉に鉄パイプで攻め込まれれば流石に全てを捌ききれず、渾身の一撃がこめかみへと叩き込まれる。
使い込んでいるのか表面がざらつき、擦り傷を負うものの大した問題ではなく、連中から一本を奪い取って雨霰と降り注ぐ攻撃を受け止める。
辺りへと激しい攻防が響き渡り、絶える理由のない笑みが溢されていく中で、周囲の動きにも注意しながら鉄パイプで暫く遊ぶ。
加減を知らない彼等の攻撃は、一瞬でも判断を誤ろうものなら容赦無く攻め入り、此の身を酷く叩きのめすのだろう。
だが、危機的状況であればあるほどに押し寄せてくる緊張感がたまらない。
拳を交える楽しみを奪われてしまったら、どう生きていけばいいのか分からなくなるくらい、獰猛な内なる獣は常に渇望している。
「オラオラどうしたァッ!!」
錆び付いている鉄パイプを振り回せば、取り囲んでいた者達が一斉に後退し、距離を取りながら様子を窺われる。
今まで襲ってきた輩とは違い、一筋縄ではいかない相手であるという認識の変化が徐々に広がっていき、初めの頃よりも明らかに警戒されている。
はっきり見えないとはいえ、顔を隠していても真剣な表情を浮かべているであろうことがよく分かり、面々を見渡しながら一層笑みが深まっていく。
嘲りを忘れ、笑みは潰え、真面目に挑まなければ返り討ちにされると嫌でも察してしまった少年達は、ジリジリと地を踏み締めるもなかなか前には出ていけずにいる。
「なんだよ、もう終わりか? 急に大人しくなりやがって、ガッカリさせんじゃねえよ。喧嘩の一つも満足に出来ねえのか?」
挑発するかのように鼻で笑い、もう用は無いとばかりに鉄パイプを放ると、すぐにもカランと音を立てて地へと転がる。
まだまだ遊び足りないが、そろそろ見切りをつけて応援を呼ばなければ、流石に一人では全員を捕らえられそうもない。
戦力を削ぎ落としても、必ず逃亡者を生み出してしまうであろうし、骸という集団を壊滅させられなければ意味が無い。
最終的に自分がするべき行動は、群れをまとめている少年を捕らえ、骸としての活動を今夜で終わらせ、チームの息の根を止める。
何人取り逃がそうとも、先導者だけは何があろうとも必ず拿捕し、他の少年は自陣の仲間達に任せて骸を破壊する。
そうなると、まずは何処かで隙を見て、誰よりも先に有仁へ連絡を入れなければいけないと思う。
彼にさえ一報を入れてしまえば、すぐにでも身内へ伝達されていくことであろう。
クラブでの出来上がっていた様子を思い浮かべて多少不安になりつつも、行動を起こさなければ何も始まらない。
ぐずぐずしている暇があるのなら、一歩でもいいからとにかく前へと進まなければ。
「もう勝った気でいるなんて、おめでたい奴。やっぱり不良なんて、み~んな単細胞! ホント嫌になっちゃうよな! 少し頭でも冷やしてみたら!?」
視線の先では、まだまだ衰えを知らない戦意を宿している少年が居り、言葉を合図に周囲へと変化が生じていく。
次なる行動を察する前に事が為され、直前で気が付いて視線を向けるも間に合わず、何かが思いきり身体に当たる。
「つめてっ! なんだ……?」
軟らかな何かを投げつけられたかと思いきや、身体へと触れた瞬間に勢い良く弾けて中身が溢れ、冷たい液体が避けられもせずに降り掛かる。
咄嗟に手を出し、伏せられていた目蓋を押し上げ、明らかに濡れている衣服へと視線を滑らせる。
そうして足元を見下ろすと、何処からか投げつけられた残骸が原形をとどめずに平伏している。
「水……?」
匂いも無く、無色透明で汚れている様子は無いが、あからさまに濡れている。
もう一度まじまじと地面へ視線を這わせ、何やらゴムのようにも見えるそれが先ほど割れ、内容物を浴びせ掛けられた出来事を呼び覚ます。
「水風船……?」
目を疑ったが、それ以外には考えられない。
どうやら水風船を投げ込まれて身体に当たり、弾けて飛び出した水によって濡れている。
「お前らなァッ……、ガキかよ!!」
思わず辺りへと視線を走らせて高らかに言ってしまうも、そういえばホントにガキだったー! と、直ぐ様胸の内でセルフつっこみが入ってしまい、大変な虚しさと恥ずかしさに襲われている。
喧嘩に水風船なんてどういうことだよと全く理解出来ないが、流石子供の発想は一味違う。
容赦無く鉄パイプやバットを振り回す残酷さと、水風船などという微笑ましいアイテムを持ち込む無邪気さを併せ持ち、日頃相手にしているような輩と同じに捉えてはいけないなと考えを改める。
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