94 / 343

断罪者

「頭冷やして少しは賢くなれたかな? まだまだ沢山あるから遠慮すんなよな! いくぞー!」 拳を振り上げて楽しんでいる少年の合図に、やべえと思った頃には四方八方から水風船が投げ入れられており、それと共に武器を手にした少年達が襲い掛かってくる。 「つめてえなっ! 気が散んだろっ!」 お祭り騒ぎか、この野郎! となんだかよく分からない悪態をつきながら、払おうとしても当たれば弾けていく水風船を相手に為す術はなく、どんどん水が降り注いでびしょ濡れになっていく。 鬱陶しいいい! と思いつつも手を休めず、苛立ちによって戦闘にも自然と熱が入り、群がる者共を次から次へと地に這いつくばらせていく。 最早汗なのか水なのか分からず、いや、圧倒的に浴びせ掛けられている水分のほうが多く、今では髪の毛もすっかり濡れてしまっている。 身体を動かして暑くなっているから丁度良いと無理矢理に思わせ、叩き込まれたバールから身を逸らせて避け、瞬時に屈んで複数の輩へと足払いする。 体勢を保てず転んでいく少年達を尻目に、飽きもせずに宙を舞っている水風船を視界に捉えると、一緒に突撃してきた少年二人に狙いを定める。 武器なんて何の強みにもならないと身をもって分からせ、容易く少年達の手から叩き落とすと胸ぐらを引っ掴んで引き寄せる。 「うわっ! つめてえっ!」 程無くして到着した水風船が少年へと当たり、弾けて水がばしゃりと飛び出し、まんまと盾にしてやった二人を濡らしていく。 思わず戦いを忘れて悲鳴が上がり、間髪入れずに投げ込まれている水風船を其の身に受けながら、やめろやめろと暗がりに向けてあたふたと訴えている。 こうなってしまえば、ただのガキだよなあ。 相手には容赦するなと求めていながらも、此方としてはなんだかんだで全力を出し切れない集団であり、すっかりびしょびしょになってしまった少年達の髪をくしゃりと撫でる。 「冷てえだろ、お揃いだな。俺の気持ちが分かったか」 ニッと笑い掛けてから勢い良く背中を押し、彼等は足元をふらつかせながらつんのめっている。 次はどんな趣向が凝らされるのか、水の滴る髪を掻き上げて獰猛な笑みを湛え、そろそろ群れの中心人物へ手合わせ願おうと走り出す。 「灰我! なんかアイツ、今までの奴と違うぞ!?」 「そんなわけないだろ! アイツも同じに決まってる! 次の作戦行くぞ!」 たった一人に対し、相当数で攻めているにもかかわらず全く崩れず、あちらこちらで少年達が地へと転がされている。 今までとは明らかに違う状況を見て、不安を抱え始めている仲間に声を掛けられるも、まとめ役の少年は声を大にして否定する。 相手は一人だ、動ける仲間もまだ沢山いるし、勝利は目前に見えていると少年は信じて疑わない。 「待てコラッ!」 灰我と呼ばれた少年は、駆け込んでくる姿を捉えてから背を向け、猛然と走り出す。 本名なのかは分からないにしても、確かに紡がれていた名前を脳裏へと刻み付け、追いかけっこか受けて立つぜ……! と鋭い眼差しを注ぎながら灰我を捕らえるべく駆けていく。 街灯により淡い光に包まれていた場から離れ、闇に紛れていく姿を見失わないように注意しながら、踏みしめられる足音を聞く。 獲物を狙う凶暴な獣のように、風を切って猛烈に駆け抜けていき、時おり月の光の導きによって灰我の後ろ姿が照らされる。 アイツ結構足速いな、なんて暢気な想いもついつい巡らせてしまいつつ、ふと思い出して走りながら携帯電話を取り出し、片手で操作して繋がるのを待つ。 『もっし~! 有仁ッスー!』 全く状況にそぐわない口調に脱力しそうになるも、気を取り直して声を出す。 「俺だ!」 『も~! 真宮さん! また何処で何やってんすかー! すぐいなくなるんだからー!』 「小言は後にしろ! 今骸と交戦中だ数集めてとっとと駆け付けて来い手が足りねえ!」 『え? え? ええっ!? 場所は何処すか! すぐ頭数揃えて駆け付けるッス!!』 「場所!? 場所……、あ~っと! ココ何処だ!!」 『ちょっ、ウソでしょーッ!! 迷子!!』 公園なのは確かだが、名前を知らないし何処をどう歩いて辿り着いたのか不明である。 有仁の絶叫がうるさく響き、そうしている間にも全力で追いかけっこを続けており、灰我の背中はまだしっかりと視界に収まっている。 「クラブからそう遠くねえ公園だ! 以上!」 『それだけッスか!』 「頼りにしてるぜ、有仁! お前ならすぐに俺を見つけられるだろ!」 闇夜を駆け抜けながら声を掛けると、まだクラブに居るのであろう喧騒が聞こえ、有仁からの紡ぎが一瞬途切れる。 『当たり前ッスよ! 俺を誰だと思ってるんすか! すぐ駆け付けるんで、それまで持ちこたえて下さいよ! 真宮さん!』 「当然だろ! 俺を誰だと思ってやがる!」 『ッスよね! んじゃ、また後で!』 「おう!」 笑顔で通話を切り、ますます力がみなぎっていく身体は疲れを知らず、携帯電話をしまうと再び猛然と追跡を開始する。 例え居場所が分からなくても、彼等ならすぐにも辿り着いてくれる。 本当に自分には勿体無い仲間ばかりで、好き勝手に行動をしている身を常に受け入れて見守ってくれている。 こんなどうしようもない自分を暖かく包み、いつでも手を差し伸べてくれる。 優しく、大切で、いとおしい彼等を心から信頼している。 そんな彼等の到着までに、やるべきことをしっかり果たさなければと気合いを入れ、走りにも自然と力が込められていく。

ともだちにシェアしよう!