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断罪者

迷いなく突き進み、真っ直ぐに注がれている視線の先では、先導者である少年の後ろ姿が映り込む。 冥暗に紛れながらも、荘厳なる月の輝きにより其の身を照らされ、今のところは見失わずに後を追えている。 両者の距離は開きもしなければ、なかなか捕らえられもせずに均衡を保っており、すばしっこい少年に有り余る程の体力を見せ付けられている。 だが、この程度で沈められるような柔な造りはしていないので、揺るぎ無い闘争本能をみなぎらせて颯爽と駆け抜けていく。 「いてっ!」 そんな折り、何処からともなくやって来た何かにぶつかられ、走りながら思わず声を発してしまう。 実際には、反射的に痛いと言ってしまうも大したことはなく、音もなく現れた正体を掴めずに首を傾げながらも駆けていく。 地を蹴り、力強く踏み締められる足音と、漏らされる息遣いだけが鼓膜へと触れており、唐突に身体へと体当たりしてきた何かからはもう気配すらない。 また、お得意の水風船かよ……。 分からずとも、軟らかな何かを投げ付けられたことは確かであり、つい先ほどまで散々味わわされた水風船をしつこく当てられたのだろうかと思えてくる。 いい加減しつけえぞ、と少々げんなりしつつも、すでに救いようもないほどにびっしょりと濡れている身体では、今更一つ投げ付けられたところで何も変わりはしない。 「いてっ! 今度はなんだよ!」 足を止めるほどの強襲ではないのだが、今しがた投げ付けられたのであろう何かよりも威力を持ち、ビシッと身体に当たって跳ね返る。 だが、それが何であるかは相変わらず不明であり、ご丁寧に確かめている時間は微塵もない。 大したことではない、行く手を阻むにしてはあまりに脆過ぎる。 しかし周囲からはどうやら、猛々しく走り抜けていく足を止めようとする気配が見え隠れしており、気が付けば四方八方から狙われて一斉に何かが飛び掛かってくる。 「くっ……! なんなんだよ、さっきから!」 微かに物音を発しながら、あちらこちらから狙い撃ちされて雨霰の如く降り注ぎ、暗がりであるというのに的確に当てられている。 痛みは然程も無い、だがあまりにも執拗に狙われている為に気が散り、姑息な真似しやがってと苛立ちを募らせていく。 それにしても一体コレは何なのか、水風船よりも遥かに小さいであろうものが飛び交い、薄暗い園内であるというのに自信を持って命中させてくる。 どうして奴等には俺の姿が見えている……? 当然の疑問が湧き、灰我を追って駆けている今も尚、一帯からは細やかな雨が燦々と降り注いでいる。 時おり佇んでいる街灯や、夜空から放たれている淡い月の輝きにより、一寸先をも見えないほどの暗闇は広がっていない。 だが、それにしたって今は夜である。 視界の悪さは否めず、猛然と駆け抜けている的を狙い撃ち出来るからには、必ず何かしらの理由があるはずなのだ。 「ん……?」 狩りを楽しむ獣の如く地を蹴りながら、そういえば現在の集中砲火へと陥る前に何かをぶつけられたなと、止まない地味な攻撃に苛々しつつ思い出す。 水風船だと完結させてはいたものの、証拠をこの目で確認していたわけではないので、未だに真実へと辿り着けずにいる。 決して足は止めないが、今更ながらそれが何であったのか気になってきて、服を掴んで当てられたであろうヶ所を見ようとする。 ぐいと引っ張り、確か腰のほうに感触があったようなと思いながら、何かしらの手掛かりを求めて調査する。 辺りは夜陰に包まれており、引き寄せたところで何も見えないのではないかと思っていたし、駄目で元々である。 それでも、何もしないで現状に甘んじているよりは幾らかマシであると言い聞かせ、視線を下ろした先に見覚えのない証が飛び込んできて目を見張る。 「げっ! なんだコレ……!」 思わず素っ頓狂な声を上げ、手繰り寄せた衣服にべったりとこびりついている印を見て、ようやく水風船ではなかったのだと理解する。 「あんのクソガキども……! 俺は強盗犯じゃねえぞ!」 どうやらカラーボールを投げ付けられていたらしく、主に防犯用であろうものを日頃からコンビニなどでよく見掛ける。 まさかそれを、喧嘩の最中でぶつけられた挙げ句、こんなにも一方的な、だが威力の弱い地味な攻撃を受ける展開になろうとは思いもしなかった。 蛍光色である為に、僅かな光であろうとも十分過ぎるほどに居場所を教え、さあ狙って下さいとばかりに映えて目立っている。 どうりで迷わず攻撃されているはずだと、もやもやとしていた謎が解けたのは大変宜しいのだが、現状の打破には至っていない。 「くっそ! お前ら覚えてろよ!」 まるで悪役のような捨て台詞と共に、乱暴に衣服を引っ掴んだままたくし上げ、都合の良いマトと化していたそれを脱ぎ捨てる。 もう一度カラーボールを当てられたら終わりだな、と何処か暢気に思い巡らせながら駆け、これで少しは浴びせ掛けられていた攻めも大人しくなるだろうと信じたい。 しかしながら一体これはどういう状況なのだろう。 汗を噴き出させ、夜な夜な公園で全力疾走しながら少年を追い掛け、服を脱ぎ捨ててしまったので上半身は裸である。 端から見るとコレ……、俺が捕まらねえか……? 事態を把握出来ていない者が見たら、年端のいかない少年を追い掛け回している不審者に間違えられるのではないかと、渇いた笑いと共に嫌な予感が背筋を這い上がってくる。 それだけは絶対に御免だと加速を増し、そういった意味も織り交ぜてますます長引かせるわけにはいかなくなったので、早いところ灰我と呼ばれていた少年を捕らえなければならない。 なんだか初めに想像していた展開からはどんどん遠ざかり、子供故の遊び心がふんだんに詰め込まれた戯れに翻弄され、殺伐とした空気から次第にかけ離れていく。 有仁が感じていた通り、標的の反応を見て楽しみ、困らせることを最大の目的にしているような気がしてきたが、鈍器で滅多打ちにしてやろうという酷薄さも確かに孕んでいる。 日頃のストレス発散を兼ね、適度な刺激も感じられる一方的なお遊びに没頭し、自分達にとって絶対的有利な状況から悪戯を仕掛けて面白がっている。 全くもって趣味の悪い奴等であり、あまりにも相手を舐めきっている。

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