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断罪者
心地好い涼風を受け、逃げも隠れもせずに佇みながら、火照っていた身体を徐々に静められていく。
相変わらず髪は濡れたまま、滴を纏わせながら額へと垂れ下がってきたので、手でもう一度掻き上げて視界を確保する。
自然と息を殺し、次第に近付いていく獲物へと意識を集中させ、刃のように鋭い眼差しを注ぐ。
流れていく雲の下で、淡く柔らかな月の照らしに助けられながら、標的となる少年の額へと照準を合わせ、引き金に指を添える。
スケートボードでの走行が、段々と辺りへ大きく響いていく最中で好機を見逃さず、暗がりから飛び出してきたところを狙い撃ちする。
「いてっ! うわっ!」
反応から察するに、どうやら見事にBB弾が命中したようであり、額を擦っている姿が映り込む。
まあ……、威力は大してねえけどな。
所詮は子供が手に入れられる代物なので、つい先ほどまで数え切れないくらい撃ち込まれていた此の身がピンピンしている通り、一発当てられたからといって大して戦局に変化はない。
けれども、たった一撃からもたらされる追加効果はあるようで、視線の先ではスケートボードから足を踏み外している少年が居り、派手に地面へと転がって自滅している。
一瞬でも集中力を欠き、体勢を崩して立て直せないまま、無念にもスケートボードと離れ離れになってしまったらしい。
「おお……、派手に転んだな。大丈夫かよ」
心配してやる義理も無ければ、元を辿れば転ばせたのは自分なのだが、ついつい気に掛ける言葉を洩らしてしまう。
痛そうに呻いている声が聞こえ、まともに話は出来そうだと思い、エアガンを手離して歩いていく。
あれからどれくらい時が経っているのだろうか。
骸との戯れに夢中で、わざわざ時間を確認しようという気すら湧いていないのだが、有仁達は今頃何処で何をしているのだろうか。
きっと、此処に辿り着いてくれると信じているし、彼等に見付けられないはずがない。
それほどに信頼して、常に背中を預けている。
「……ナキツ」
最早家族のように、身近な存在である仲間を順に思い浮かべ、一人の青年に行き当たったところで眉を寄せる。
柔らかに微笑んでいる姿を思い出すも、最後に見た彼の表情には、何処にもそのような笑みなんてなかった。
自分が不甲斐ないせいで、酷く彼を怒らせ、傷付けてしまった。
ナキツも今頃、有仁達と共に動いてくれているのだろうか。
それとも……、もう付き合っていられないとばかりに、立ち去ってしまっているだろうか。
自らが蒔いた種であるのに、いざ背を向けられたら悲しいだなんて、そんなの虫が良過ぎる。
でも、居てくれたらそれはそれで、どんな顔をして会えばいいのか分からなくて途方に暮れる。
絶対にぎこちない態度を取ってしまうし、彼は勘が良いので些細な変化にも気付いてしまい、また困らせてしまうのではないかと思うと胸が痛い。
謝らなければいけない。
でも、この腕を見られるのは嫌だ、それこそ彼が本当に居なくなってしまう気がして、大切な居場所をこの手で握り潰してしまいそうで背筋が寒くなる。
「くそっ……、らしくねえぞ」
叱られた犬のように悄気 ながら、力無く横たわっている少年へと近付いていき、灰我の行方を追う手掛かりを引き出そうとする。
いつまでも悩んでいるなんて自分らしくない、このような時まで他に気を取られているなんて本当に、らしくない。
少年の眼前へと迫り、弱々しくも逃れようとしている姿を見下ろし、先導者の居所を探ろうとする。
そこへ、複数の気配と共に草を掻き分けるような音が滑り込み、辺りへと素早く視線を走らせる。
「よォ……、まだこんなに居やがったのか」
ひっそりと集まってきていたのか、あっという間に取り囲まれて退路を失い、どうしても此の身を地へと這いつくばらせてやりたいらしい。
ゆっくりと尋問すらさせてもらえず、標的であった少年へと伸ばしかけていた手を止め、周囲を見回しながら静かに離れていく。
今度は一体どのような遊びを披露してくれるのか、到底思い付かないので楽しみに待つしかなく、一挙手一投足に警戒しながらも口角がつり上がっていく。
お前らと遊んでる場合じゃねえんだけどなあ……、とは思うも、こうなってしまえば道を切り開く以外にやるべき事も無く、大人しく好きに殴らせてやる気持ちなんて更々無い。
「最初の相手はお前らか……? いいぜ、全力で来い。少しは楽しませろよ」
見据えていた先で、群れから一歩躍り出た少年が二人居り、どうやら果敢にも挑むつもりでいるらしい。
「それよォ……、竹刀か? また面白いモン持ってやがんな。そんなもんまで持ち出してくんのかよ。使いこなせんのか~?」
悪戯な笑みを浮かべながら、視線の先で佇んでいる男へと声を掛け、またしても意外な武器を手にしていたことからすかさず話題にしてみたのだが、特になんの応答もない。
どうやら少し、今まで相手にしてきた少年達とは違うらしく、がっしりとした体型で身長もある。
一人は竹刀を手に、そしてもう一人は珍しく素手であり、少しは楽しめるかもしれないと身体が疼いてくる。
逃げ道を塞いでいるつもりなのか、円を描いて佇む少年達により囲まれ、手には思い思いの武器が持たれている。
そんなことしなくても、逃げたりなんかしねえのにな。
逃れるどころか、自ら突っ込んでいくような気性の荒さであり、喧嘩を売られて背を向けるなんて有り得ない。
寧ろ、お前らが逃げ出さないか心配だ。
大勢の目を引き付けながら、一人で一体何処まで足並みを狂わせられるだろうと巡らせ、ひとまずは駆け出してきた二人との戦いに集中することにする。
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