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断罪者
「構いませんよね、真宮さん」
「ああ……、分かった。走るぞ」
「はい」
現在の心境では大いに問題なのだが、そうは言っていられないので大人しく受け入れ、とにかく真っ先にやるべきことへと集中するべく切り替える。
例え相手が子供であろうと、油断は命取りになる。
今は目先のことに全力を出し切ろうと足を踏み出し、集っている者達と視線を通わせる。
「じゃ、また後で! 美味しいお酒が待ってるッスよ~!!」
「まだ飲む気かよ……。気を付けろよ。また、あとでな」
交わされた言葉を最後に、各々が目指すべき方向へと身を翻し、ダッと勢い良く走り出す。
安心して任せ、灰我をこの手で捕らえるべく駆けていき、まずは先ほど告げられた地点が見えてくるのを待ちながら風を切る。
賑わいが嘘のように、今では深まる夜の空気に包み込まれ、一時の静寂が一帯を支配している。
骸との交戦など初めからなかったかのような静けさであるが、間違いなく今この園内では大捕物が発生しているのだ。
穏やかなる月の光を借りながら、闇に紛れて双方黙したまま駆け抜けていき、指定された場所との距離が少しずつ狭まっていく。
あれから一切会話は無く、のんびりと言葉を交わしている状況でもないのだが、気にならないと言えば嘘になる。
もちろん目先の務めに集中しているし、余計な迷いに足元を掬われている場合ではない。
それでも、頭ではきちんと理解していてもナキツの心情が気に掛かり、普段とは全く異なる沈黙に押し潰されそうであった。
話が途切れても、湛える静寂に居たたまれなさを感じるなんて、そんなこと今まで無かったというのに。
「見えてきました。あそこです」
肩を並べて駆け抜け、前だけを見据えて目的地を目指していると、不意に傍らから声を掛けられる。
声音からは内面まで読み取れず、至っていつも通りにも感じられる。
「あそこか……」
指し示された方へと視線を向け、有仁の言葉通りに階段がうっすらと見えており、自然と互いに速度を増して走っていく。
そうしてまた言葉は途切れ、そもそも先ほどの事務的な内容など会話にすら入らないのだが、再び両者を静寂が取り巻いていく。
息を洩らし、足音が重なり合い、微妙な間隔を保ちながら並んで駆け、少しずつ階段との道のりが失われていく。
下りの階段であり、到着してみないことには階下の様子を窺い知れず、どのような景色が広がっているのだろうか。
青年B、と有仁が茶化して呼んでいた面子との連絡は済んでいるはずなので、早いところ合流して次のステップへと臨みたい。
何処で待っているのかは分からないが、きっと目につく場所にて待機してくれているだろうから、早く見付けなければと力強く駆ける。
「ハァッ……、何処にいるんだろうな」
「そうですね。そう遠くには行っていないはずですが……」
程無くして第一の目的を達成し、階段へと辿り着いて足を止める。
見晴らしは良さそうだが、やはり夜である為に視界は制限されており、闇に包まれて遠くまではよく見えない。
息を整えながら佇み、僅かな気配も逃さず集中して周囲を探り、近くにいるであろう仲間を捜索する。
他に気を取られている為に自然と声を掛け、ナキツと会話をしながら辺りを見回し、ひとまず階段を下りてみようという結論に達する。
足下に注意して歩を進め、こうしている間にもしかしたら標的が姿を見せるかもしれないと、雀の涙ほどでも可能性があるうちは警戒を怠らず、意識を張り巡らせて階下を目指す。
「真宮さん」
後をついてきていたナキツから声が掛かり、顔を向けると視線が交わり、次いでとある方向を指し示される。
言葉よりも先に視線を走らせ、ナキツが見せようとしているものの正体を突き止めようと、目を凝らして息を呑む。
微かに足音が聞こえ、どうやら指し示されている方角から向かってきているようであり、それがディアルの人間であるかは今のところ分からない。
骸の面子である可能性も完全には否定出来ないのだが、街灯に時おり淡く晒される姿を見て、待ってましたとばかりに駆け下りていく。
「すんません、遅くなりました」
「問題ねえよ。状況はどうだ」
「え、なんで裸……」
「うっせぇ、後にしろ。そのツッコミ今いらねえ」
「すんません。で、追ってる奴なんですけど、今は足止めてます」
「そうか。好都合だ」
「そこから道なりに行くと自販が見えます。その側に今もいるはずです」
「分かった、ありがとな。後は有仁達に手ェ貸してやってくれ」
緑豊かな園内は、階段を下りても木々や草花が根差しており、これから辿るべき道は最早トンネルのように天を覆っている。
街灯は点在しているものの乏しい光であり、先でどのようなことが待ち受けているのか、子供とはいえ侮れない。
必要な情報を得て、有仁達の元へ向かうよう指示すると、彼は快く聞き入れて足早にその場を後にする。
階段を駆け上がる姿を見守り、やがて跡形も無く消え去ると視線を戻し、これから踏み入れようとしている道へと向き直る。
「走るにはうってつけの場所ですね」
「夜は薄気味悪ィだけだな……」
「怖いですか?」
「そんなわけねえだろ」
「ホラーは苦手でしたよね」
「別に苦手じゃねえし……。見る気にならねえだけで、怖いからじゃねえぞ」
「はい。そうでしたね」
「とか言いながらなに笑ってんだよ……」
先ほどよりは空気が和らぎ、互いの姿がよく見えないこともあってか、ぽつりぽつりと会話が紡ぎ出されていく。
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